小学校低学年での海外移住ほど、母語教育に注意してほしい理由
August 29, 2026
目次
「もう日本語は話せるから大丈夫」が、一番の落とし穴かもしれません
前回の記事では、海外駐在で学校を選ぶ際には、「インター校か日本人学校か」を考える前に、まずいつ日本へ帰るのか、将来どの言語で学ぶのかを考えてほしいという話を書きました。今回は、その中でも特に気をつけてほしいケースについて書きたいと思います。
小学校低学年での海外移住です。
こう書くと、「小さいうちに海外へ行かない方がいいの?」と思われるかもしれません。そういう意味ではありません。
むしろ、低学年から海外で生活することには大きなメリットがあります。新しい言語を吸収する柔軟性もありますし、異なる文化や価値観を自然に受け入れることもできます。 問題は海外へ行くことではありません。
私が気をつけてほしいと思っているのは、 「日本語はもう話せるから、母語は大丈夫」と考えてしまうことです。
小学2年生の日本語は、完成した日本語ではない
例えば、小学2年生の子どもが海外へ引っ越したとします。 家族とは普通に日本語で話せます。 「今日、学校でね……」 と一日の出来事を説明できます。 友達とも遊べます。 テレビやYouTubeも日本語で理解できます。 親から見れば、十分に日本語ができています。
そのため、 「日本語はもう身についているから、これからは英語に集中しよう」 と考えるのも無理はありません。しかし、ここには大きな誤解があります。
小学2年生で身についている日本語は、8歳の子どもとして必要な日本語です。12歳の日本語でも、15歳の日本語でもありません。 子どもの日本語は、日本で生活しているだけでも、その後何年にもわたって成長していきます。 しかも、単に漢字をたくさん覚えたり、難しい言葉を知ったりするだけではありません。
「日本語を使って、どのくらい複雑なことを考えられるか」そのものが変わっていきます。
小学校では、「考えるための言葉」を段階的に学んでいる
日本の学習指導要領を見ると、この変化がよく分かります。
国語では、低学年から中学校にかけて、情報と情報の関係を理解する力を段階的に育てるよう設計されています。
例えば、
- 小学1・2年生では、「共通していること」「違うこと」「順序」などを扱います。
- 小学3・4年生になると、「考え」と、それを支える「理由や事例」の関係を学びます。
- 小学5・6年生では、「原因」と「結果」などの関係を考えるようになります。
- さらに中学校になると、「意見」と「根拠」そして、「具体」と「抽象」といった関係へ進んでいきます。
文部科学省の学習指導要領でも、このように情報の関係を段階的に高度化させる構成になっています。つまり子どもたちは、日本の学校に通いながら、言葉を覚えているだけではありません。
言葉を使って、物事を整理し、比較し、理由を考え、説明する方法を学んでいるのです。
「りんご」と「果物」は違う種類の言葉
少し具体的に考えてみましょう。
- 「りんご」
- 「みかん」
- 「バナナ」
でも、 「果物」 という言葉は少し違います。
りんごそのものを指しているわけではありません。 りんごやみかんやバナナなどの共通点を取り出して、一つ上の概念としてまとめた言葉です。
さらに年齢が上がれば、- 「原因」
- 「結果」
- 「傾向」
- 「比較」
- 「立場」
- 「根拠」
- 「影響」
- 「目的」
- 「例外」
- 「可能性」
といった、目では直接見ることのできない言葉を大量に使うようになります。
そして中学生、高校生になると、- 「自由」
- 「責任」
- 「公平」
- 「文化」
- 「価値観」
- 「社会」
といった、さらに抽象度の高い概念について考えます。
こうした言葉は、日常会話だけで自然にすべて身につくものではありません。- 本を読む。
- 授業を聞く。
- 文章を書く。
- 先生から質問される。
- 友達と意見を交換する。
- 「なぜそう思うの?」と聞かれて説明する。
そうした経験の積み重ねによって、徐々に使えるようになっていきます。
小3で英語環境へ入ると、何が起こるのか
ここで、例えば小学3年生で日本からインター校へ移ったケースを考えてみます。日本語では、8〜9歳相応の会話ができます。でも英語はまだ初心者です。当然、学校では最初から高度な英語を使えるわけではありません。
- 「これは何?」
- 「私は○○が好きです」
- 「昨日○○へ行きました」
本人の頭の中は9歳、10歳、11歳と成長しているのに、英語で自由に扱える言葉は、必ずしもその年齢の思考に追いついているとは限りません。
英語学習者は、第二言語の習得と同時に、年齢相応の算数、理科、社会などの学習内容も身につけなければならないという二重の課題を抱えます。National Academiesも、English Learnersについて、英語習得と学年相応の教科学習を同時に進める必要があると指摘しています。*
これは、子どもの思考力が低くなったという話ではありません。考えていることを学習言語で十分に扱えない時期が生まれる可能性があるという話です。
だからこそ、その間も日本語を成長させてほしい
ここで非常に重要なのが母語です。英語がまだ十分に育っていないのであれば、その間も日本語で、
- 本を読む。
- 文章を書く。
- 理由を説明する。
- ニュースについて話す。
- 「あなたはどう思う?」と聞かれる。
- 「なぜそう考えるの?」と掘り下げる。
こうした経験を続けることができます。
つまり、英語を習得している間も、日本語を使って「思考の年齢」を上げ続けることができるのです。
母語・家庭言語を維持することと第二言語を習得することは、どちらか一方を選ばなければならない関係ではありません。UNESCOは2025年の多言語教育に関するガイダンスで、子どもが理解できる家庭言語を学習の基盤として活用しながら第二言語を導入することの重要性を示しています。**また、National Academiesの研究レビューでも、家庭言語を使うことが第二言語の発達を妨げるという根拠はなく、十分な言語経験があれば子どもは複数の言語を発達させることができると整理されています。
ですから、「英語を早く伸ばしたいから、日本語を減らそう」と単純に考える必要はありません。むしろ、英語を伸ばすからこそ、日本語も止めない。という考え方が重要だと思います。
家で日本語を話していれば十分では?
ここで、多くのご家庭から聞く言葉があります。「家ではずっと日本語で話しているので、日本語は大丈夫だと思います」確かに、家庭で日本語を使い続けることはとても大切です。でも、それだけで十分でしょうか。家庭で交わされる会話を思い出してみてください。
- 「宿題やった?」
- 「今日どうだった?」
- 「早く着替えて」
- 「何食べたい?」
- 「明日は何時に出る?」
もちろん、家庭によって違いますが、日常会話の多くは生活に必要な言葉です。
一方、学校では、
- 「二つの意見の共通点は何ですか」
- 「この結果になった原因を説明してください」
- 「筆者の考えを要約してください」
- 「あなたはどちらの立場に賛成ですか」
- 「その根拠は何ですか」
という言葉を使います。
同じ日本語でも、求められているものが全く違います。生活するための日本語と、学ぶため・考えるための日本語は同じではありません。だから、家庭で日本語を話しているからといって、自動的に日本語が12歳、15歳相応まで成長していくとは限らないのです。
ある日突然、日本語力が落ちたように見える
海外で育つお子さまを見ていると、低学年の間はそれほど問題が見えないことがあります。
- 日本語で普通に会話できる。
- 日本の祖父母とも話せる。
- 漫画も読める。
- YouTubeも理解している。
ところが、小学校高学年から中学生くらいになると、
「あれ?」
となることがあります。
- 日本の同学年向けの文章を読むと、理解に時間がかかる。
- 説明文になると急に分からなくなる。
- 文章を読んで、「つまり何が言いたいの?」と聞いても答えられない。
- 自分の意見は言えるけれど、「なぜ?」と聞くと説明が続かない。
本人の日本語が突然悪くなったわけではありません。本人の日本語が止まっている間に、同年代の子どもたちが使う日本語の方が先へ進んでしまったと考えた方が近い場合があります。これが海外での日本語教育の難しいところです。
「維持」ではなく「成長」を考える
海外に住むご家庭では、よく、「日本語を維持したい」という言葉を使います。でも私は、低学年のお子さまについては、「維持」という言葉だけでは足りないと考えてます。
小学2年生の日本語を維持しても、小学6年生になったときには足りません。 小学6年生の日本語をそのまま維持しても、高校生になったときには足りません。
子ども自身が成長している以上、言葉も一緒に成長しなければならないからです。
必要なのは、日本語を維持することではなく、日本語を年齢相応に成長させ続けることです。
これは漢字を何文字書けるか、という話だけではありません。
- 語彙を増やす。
- 長い文章を読む。文章の構造を理解する。
- 人の話を聞く。
- 自分とは違う意見に触れる。
- 自分の考えを説明する。
- 理由を考える。
- 具体例を挙げる。
- 要約する。
- 比較する。
こうしたことを日本語で経験し続ける必要があります。その意味でも、母語での読書はとても重要です。読書については、別の記事で詳しく書きたいと思います。
バイリンガル教育は、「英語を足すこと」ではない
海外へ来ると、「せっかくだから英語を身につけさせたい」と考えるのは当然だと思います。私も、それ自体は素晴らしいことだと思います。でも、
日本語100だった子どもに英語100を追加すれば、日本語100+英語100のバイリンガルになる。そんな単純な話ではありません。
- 子どもには一日24時間しかありません。
- 英語で学校へ行くようになれば、日本語に触れる時間は大きく減ります。
- 日本語で本を読む時間も減ります。
- 日本語で先生から説明を聞く時間もなくなります。
- 日本語で同年代の友達と議論する機会も減ります。
その状態で何もしなければ、英語が伸びる一方で、日本語の成長速度が落ちることは十分に考えられます。
だからこそ、英語をどう伸ばすかと同じくらい、日本語をどう成長させ続けるかを設計してほしいと思っています。
低学年で海外へ行くことが危険なのではない
最後に、ここは誤解のないように書いておきたいと思います。私は、「小学校低学年で海外へ行くのは危険だ」と言いたいわけではありません。
幼い時期に海外で暮らし、複数の言語や文化に触れられることは、子どもにとって大きな財産になり得ます。複数言語を学ぶことそのものが子どもを混乱させるという考えも、現在の研究では支持されていません。私がむしろ危険だと思うのは、「もう日本語は話せるから大丈夫」と考えて、日本語の成長を学校から完全に切り離してしまうことです。
- 8歳で海外へ行ったのであれば、8歳の日本語を守るのではありません。
- 10歳になれば10歳の日本語へ。
- 12歳になれば12歳の日本語へ。
- 15歳になれば15歳の日本語へ。
- 英語と一緒に、日本語も成長させていく。
その環境を意識的につくる必要があります。
海外にいると、日本語は「あるか、ないか」で考えがちです。
話せるから大丈夫。
話せなくなったから問題。
でも、本当に見なければならないのは、その間です。「この子の日本語は、本人の年齢と一緒に成長しているだろうか?」私は、海外で子どもを育てるご家庭には、ときどきこの問いを考えていただきたいと思っています。
次回は、「家では日本語を話しているから大丈夫、ではない――海外で失われる日本語は、漢字だけではない」というテーマで、家庭内会話だけでは触れにくい語彙や表現、そして海外生活の中で失われやすい「日本語の解像度」について書きたいと思います。
*National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine (2017) Promoting the Educational Success of Children and Youth Learning English: Promising Futures Washington, DC: The National Academies Press. DOI: 10.17226/24677
**UNESCO (2025) Languages matter: Global guidance on multilingual education UNESCO, 29 January 2025.
