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IBでは二言語必要?|在外日本人家庭がDP進学前に知っておきたい言語選択

October 13, 2026

IBでは二言語必要?|在外日本人家庭がDP進学前に知っておきたい言語選択

「日本人だからJapanese A」「インター校だからEnglish A」とは限らない

前回の記事では、IB Diploma Programme(DP)では教科の難しさだけでなく、自分で課題を管理し、調査し、文章を書き、複数の締め切りを同時に管理する力が求められるため、高校から突然DPへ進む場合には、学習方法そのものへの準備が必要だと書きました。

そして、在外日本人家庭がDPを考える際には、もう一つ早い段階から考えておいた方がよいことがあります。それが言語の選択です。

「インター校に通っているからEnglish Aでいいのでは?」「日本人なのだからJapanese Aを取ればいい」「IBでは第二外国語が必須らしい」といった話を聞くことがありますが、DPの言語選択はそれほど単純ではありません。

特に海外で育つ日本人のお子さまの場合、家庭では日本語を流暢に話し、学校では英語で学んでいるというケースが少なくありません。そのため、一見すると「日本語も英語もできるから問題ない」と思えます。しかしDPで問われるのは、日常会話ができるかだけではなく、その言語で複雑な文章を読み、分析し、根拠を示しながら自分の考えを論理的に表現できるかという力です。

ここでも、これまでこの連載で繰り返し考えてきた「話せる言語」と「学べる言語」は必ずしも同じではない、という問題が出てきます。


DPでは、本当に二言語必要なのでしょうか

結論から言うと、DPでは少なくとも二つの言語を学びます。IBでは、Studies in Language and Literatureから少なくとも一つの言語科目を履修し、さらに別の言語を学ぶことが求められています。一般的には、もう一つをLanguage Acquisitionから選びますが、異なる二言語でStudies in Language and Literatureを二科目履修することで、第二言語の要件を満たすこともできます。

例えば、English AとFrench Bという組み合わせもあれば、English AとJapanese Aという組み合わせも可能です。

ここで一つ区別しておきたいのが、「DPで二言語を学ぶこと」と「Bilingual Diplomaを取得すること」は別の話だという点です。

Bilingual Diplomaは、異なる二つのLanguage AでそれぞれGrade 3以上を取得する場合、またはLanguage Aとは異なる言語でIndividuals and SocietiesやScienceの対象科目を履修し、所定の条件を満たした場合などに授与されます。単に二言語を履修しているだけで、自動的にBilingual Diplomaになるわけではありません。

Bilingual Diplomaを取ること自体を目標にする必要もありません。大切なのは、その科目構成が本人の言語力と将来の進路に合っているかどうかです。


Language Aは「国籍の言語」を選ぶ科目ではない

在外日本人家庭にとって、最も誤解が起きやすいのがLanguage Aだと思います。

Language Aという名前を見ると、「母語」や「国籍の言語」のように感じるかもしれません。しかしIBは、Studies in Language and Literatureを、Academicに十分な能力を持つ言語で履修する科目として位置づけています。

Language A: Literatureでは文学作品を読み、表現、構成、視点、文脈などを分析し、自分の解釈を文章や口頭で論理的に示します。Language A: Language and Literatureでは、文学だけでなくさまざまな種類のテキストを扱い、言葉がどのように意味を生み、社会や文化と関係しているのかも考えます。

Japanese Aには現在、Language and LiteratureとLiteratureの両方があり、SL・HLの双方が設定されています。またJapanese BもSL・HL、Japanese ab initioはSLとして用意されています。

したがって、「日本人だからJapanese A」という決め方は必ずしも適切ではありません。

家庭で日本語を話していることは大きな土台ですが、Japanese Aで必要になるのは、それに加えて日本語で高度な読み書きと分析ができることです。

同じことはEnglish Aにも言えます。インターナショナルスクールに何年も通い、友達と自然に英語で話し、普段の授業を英語で受けられることと、初めて読む文学作品や複雑な文章を分析し、根拠を示しながら論を構築することは同じではありません。

EALを卒業していることとも別です。

つまり、Japanese AとEnglish Aのどちらを選ぶかを考えるときに見るべきなのは、「どちらを流暢に話すか」だけではなく、どちらの言語なら高度な文章を読み、分析し、書けるのかという点です。


Japanese Aでは、実際に何をするのでしょうか

ここは、具体的に見た方が分かりやすいと思います。

現行のLanguage Aの評価では、Paper 1、Paper 2、Individual Oralがあり、HLではHigher Level Essayも課されます。

Paper 1では、事前に学習していない文章が提示され、その場で文章を読み、作者の表現や構成がどのように意味を作っているのかを分析して論述します。SLでは二つの文章から一つを選んで分析し、HLでは二つの文章について分析します。つまり、「文章の意味が分かった」だけではなく、なぜそのように書かれているのか、それが読者にどのような効果を生んでいるのかまで考える必要があります。

Paper 2では、授業で学んだ二つの文学作品を使い、提示された問いに対して比較論述を行います。二作品のあらすじを説明するのではなく、内容や形式、作者の選択などを比較しながら、一つの論として文章を組み立てることが求められます。

さらにIndividual Oralでは、作品やテキストについて分析した内容を口頭で論理的に提示します。HLではこれに加えてHigher Level Essayがあります。

こうして具体的に見ると、「日本語で家族と問題なく会話できる16歳」と、「Japanese Aで学べる16歳」の間に、どのような違いがあるのかが見えてきます。

例えば、祖父母や友達とは日本語で自然に話せる一方、日本語の小説をほとんど読んでおらず、評論や説明文にも触れていない。また、日本語である程度まとまった文章を書き、自分の考えを根拠とともに論述した経験もほとんどない、というお子さまの場合、会話力が高くてもJapanese Aには別の準備が必要でしょう。

これは、この連載の以前に取り上げた「『日本語を話せる』と『日本語を読める・書ける』は別の力」という問題が、DPでは非常に具体的な形で現れる例だと思います。


Language Bは「簡単なLanguage A」ではない

もう一つ誤解されやすいのがLanguage Bです。

Language Bは、Language Aを少し簡単にした科目ではありません。すでにある程度学習経験のある言語をさらに伸ばすためのLanguage Acquisition科目で、SLとHLがあります。HLではSLより高い言語運用能力が求められ、文学作品も扱います。

一方、Language ab initioは、その言語を全く、またはほとんど学んだ経験のない学生を対象にした科目で、SLのみです。IBも、すでに日常的な話題について聞いたり読んだりして理解・応答できる学生をab initioへ配置することは、適切なAcademic Challengeにならないとしています。

したがって、「Japanese Aは難しそうだからJapanese ab initioにすればいい」という選び方が自由にできるわけではありません。

どのレベルが適切なのかは、国籍ではなく、それまでの学習歴や実際の言語能力を踏まえて学校側が判断します。在外日本人のお子さまで日本語が家庭言語になっている場合、Japanese Bやab initioを当然に選択できるとは限らないという点には注意が必要です。


学校にJapanese Aがない場合――SSSTには重要な制限がある

在外日本人家庭で実際に起こりやすいのが、「本人には日本語力があるけれど、通っている学校ではJapanese Aを開講していない」という問題です。

その場合、学校によってはSchool-Supported Self-Taught(SSST)という仕組みを利用できることがあります。

ただし、ここには非常に重要な制限があります。

SSSTで履修できるのはLanguage A: LiteratureのSLのみです。

HLでは利用できず、Language A: Language and LiteratureにもSSSTは適用されません。IBのLanguage A: Literatureガイドでも、SSSTの対象はSLのみと明記されています。また、学校側にはSSSTの学生を支援する体制を用意することが求められます。

つまり、学校にJapanese Aの授業がなく、将来Japanese A HLを取りたいと考えている場合、「SSSTで対応すればいい」というわけではありません。

また、外部の日本語教師を家庭で探し、その先生から授業を受ければ自動的にIBのJapanese Aとして認められる、という仕組みでもありません。SSSTはあくまでIB World Schoolが制度として支援する科目です。

そのため、Japanese Aを将来の選択肢として考えているのであれば、DPが始まる直前ではなく、中学生のうちから学校のDP Coordinatorに、Japanese Aを開講しているか、SL・HLのどちらがあるのか、SSSTに対応しているか、必要な外部支援や追加費用があるか、といった点を確認しておくことをおすすめします。


日本の大学へ進学する場合、Japanese Aが実際の出願条件になることもある

IBの言語科目は、Diplomaを取るためだけに選ぶものではありません。その先の大学入試にも関係する場合があります。

在外日本人家庭にとって特に知っておきたいのが、日本の大学へ進む可能性を残す場合です。

例えば、国際基督教大学(ICU)の2027年度総合型選抜「IBDP利用」では、IB Diplomaの取得・取得見込みに加えて、「日本語A」を履修済み、または履修中であることが条件になっています。さらに第二次選考では、日本語・英語を用いた面接やプレゼンテーションが行われます。

一方、東京学芸大学の2027年度国際バカロレア選抜では、出願資格を「日本語を母語とする者」、または日本語A(SL)、日本語A(HL)、日本語B(HL)のいずれかを履修している者としています。つまり、同じ日本の大学のIB選抜でも、日本語に関する条件の立て方は一様ではありません。

ここで重要なのは、「日本の大学へ行くならJapanese Aが必須」ということではありません。大学、学部、入試方式によって条件は異なりますし、入試制度は年度によって変更されることもあります。

しかし、Japanese Aを履修できる日本語力を残していることが、日本の大学の一部の入試方式を選択肢として残す場合があることは知っておいてよいと思います。


Japanese Aを取らなくても、日本語で考えて書く力が必要になる場合がある

さらに、日本の大学への進学を考える場合、日本語の読み書きが問われるのはIB選抜だけではありません。

帰国生選抜でも、大学や学部によっては日本語による小論文や面接が課されます。例えば東京学芸大学の2027年度帰国生選抜では、多くのコースで小論文や面接が選抜に含まれており、志願者全員に日本語による個人面接を課すことも募集要項に明記されています。

したがって、将来Japanese Aを履修するかどうかとは別に、日本の大学も選択肢として残したいのであれば、日本語で文章を読み、自分の考えをまとめ、理由や根拠とともに説明する力を維持する意味があります。

ここで考えたいのは、「Japanese Aを取るために日本語を続ける」という狭い話ではありません。

IB選抜、帰国生選抜、日本への帰国、海外大学。

どの進路を最終的に選ぶか分からない中学生の段階では、Academicな日本語を残しておくことそのものが、将来の選択肢を閉じないことにつながる可能性があります。


DPが始まってから日本語を戻そうとすると、かなりの負荷になる

例えば、小学5年生で海外へ移住し、その後も家庭では日本語を話しているものの、日本語で本を読んだり文章を書いたりすることがほとんどなくなったとします。

中学生になっても日本語での会話は流暢なので、ご家族からすると、日本語力が大きく落ちているようには見えないかもしれません。

そして15歳になり、DPの科目を選ぶ段階になって初めて、「Japanese Aを取った方がいいのでは」と考える。

ところが、そこで必要になるのは日常会話の日本語ではありません。初めて見る文章を分析し、文学作品を比較し、自分の考えを根拠とともに論述する日本語です。

もし数年間、日本語でまとまった文章をほとんど読んでおらず、文章を書く経験も少なければ、16歳の段階でその力を一気に作るのは大きな負荷になります。

これは以前の記事書いた、「日本語は来年から」で、本当に間に合う?という問題そのものです。

日本語の読み書きを続ける意味は、日本へ帰国したときに困らないためだけではありません。海外で高校まで進みIBを選択した場合にも、日本語が学ぶための言語として残っていることで、DPの科目選択や、その先の大学進学の選択肢が広がる可能性があります。


「日本語を維持する」から、「Japanese Aも選べる日本語」へ

もしご家庭として、「高校まで海外で教育を受ける可能性がある」「DPへ進むかもしれない」「そのときJapanese Aも選択肢として残したい」と考えているのであれば、中学生の段階から日本語教育の目標を少し変えてもよいと思います。

単に「日本語を忘れない」のではなく、「16歳になったとき、日本語で年齢相応の文章を読み、考え、それを文章として表現できる状態を残す」ことを目標にするのです。

そのためには、漢字ドリルだけでは十分ではありません。年齢相応の物語やノンフィクションを読み、少しずつ評論や社会的なテーマにも触れる。読んだ内容について話し、自分の意見とその理由を書く。複数の文章を読んで、それぞれの考え方や表現の違いを比較する。

これまでの記事で取り上げてきた、読書、語彙、読解、作文、論理的に説明する力が、ここで全部つながってきます。

もちろん、Japanese Aのためだけに日本語を学ぶ必要はありません。日本語で深く読み、考え、表現できること自体に価値があります。

ただ、その力を中学生まで継続した結果として、DP進学時にもJapanese Aという選択肢が残り、その先の大学進学にも複数の可能性が残るのであれば、それは大きな意味を持つと思います。


家庭でも、一度「話せる」以外の日本語を確認してみる

では、中学生のお子さまの日本語がどの程度育っているのか、家庭ではどのように確認すればよいのでしょうか。

Japanese Aを履修できるかどうかを家庭だけで判定することはできませんし、最終的には学校のDP Coordinatorや担当教員と相談する必要があります。ただ、最初の確認として、日常会話以外の日本語を見てみることはできます。

例えば、中学生向けの小説やノンフィクションを一冊、自力で読み通せるでしょうか。読み終えた後、「何について書かれていたか」だけではなく、「なぜこの人物はそう行動したと思うか」「筆者の意見に賛成か。その理由は何か」といった問いに、自分の言葉で答えられるでしょうか。

さらに最初の目安として、自分の意見を、理由や具体例とともに600~800字程度の文章にまとめられるかを見てみてもよいと思います。

もちろん、600~800字書ければJapanese Aで問題ない、という意味ではありません。反対に、今書けないからJapanese Aを諦めるべきだという話でもありません。

重要なのは、現在地を早めに知ることです。

語彙や読解についてもう少し客観的に確認したい場合には、読書指数診断などを一つの参考材料として利用する方法もあります。ただし、これもJapanese Aへの適性を判断する試験ではありません。会話、読解、語彙、作文など複数の面を見ながら、「これからどこを伸ばせばよいのか」を考えるための材料として使うのがよいと思います。

中学1年生で気づけば、数年かけて準備できます。

DPが始まる直前に初めて気づくのとは、大きな違いがあります。


「母語はどちら?」より、「それぞれの言語で何ができる?」

海外で長く生活していると、「この子の母語は日本語なのか、英語なのか」と迷うことがあります。

しかしDPの言語選択を考えるときには、その問いだけにこだわる必要はないと思っています。

どちらを先に覚えたか、家庭でどちらを話しているか、国籍がどこかという情報ももちろん大切です。しかしDPでより重要になるのは、それぞれの言語で何ができるのかです。

日本語なら、難しい文章を読み、自分の考えを論理的に表現できるのか。英語なら、文学作品や複雑な文章を分析し、根拠を示しながら論述できるのか。

日本語でそれができればJapanese Aという選択肢があり、英語でできればEnglish Aという選択肢があります。両方でできるのであれば二つのLanguage Aを検討することもできますし、日本語は家庭言語として残しながら、英語を中心的な学習言語として育てるという選択もあります。

すべての子どもが二つのLanguage Aを履修する必要はありませんし、「バイリンガル」という肩書きを目指す必要もありません。

大切なのは、二言語を持っているかではなく、その二言語で何ができるのか。そして、将来どの言語で何を学びたいのかを考えながら、必要な言語を育てていくことだと思います。


DPの言語選択は、DPが始まってから考えない

在外日本人家庭に私がおすすめしたいのは、DP開始直前になって初めて言語選択を考えるのではなく、可能であれば中学生の段階で一度、将来の選択肢を確認しておくことです。

今の学校ではDPでどのLanguage Aを開講しているのか。Japanese Aはあるのか。SLとHLのどちらがあるのか。なければSSSTに対応しているのか。English Aを選ぶ場合、現在の英語力からどのような準備が必要なのか。日本の大学も選択肢として考えるのであれば、候補となる大学のIB選抜や帰国生選抜では何が求められるのか。

そして何より、本人の日本語と英語は、それぞれ「話せる」だけではなく、どの程度読める・書ける・考えられるのか。

これを早めに確認しておけば、日本語の読書を増やす、作文を始める、英語の学術的な文章力を強化する、第三言語をLanguage Bへつなげる、といった準備を数年かけて進めることができます。

この連載は、もともと海外で育つ子どもの日本語をどう考えるか、というところから始まりました。

家庭で日本語を話しているから大丈夫なのか。日本語の読書はなぜ必要なのか。読み書きをどこまで続ければいいのか。「日本語は来年から」でも間に合うのか。

IBまで進むと、それらは単なる「日本語を忘れないための話」ではなかったことが分かります。

小学生、中学生の間に日本語で本を読み、語彙を増やし、文章を書き、自分の考えを説明する経験を続けてきたことが、高校生になったときに「Japanese Aも選べる」という具体的な教育上の選択肢につながることがあります。

さらに、その日本語力が、将来日本の大学へ進むときの小論文や面接にもつながる可能性があります。

「日本語を続けるかどうか」は、小学生の漢字テストだけの問題ではありません。将来その子がどの言語で学び、どの大学へ進み、どの世界とつながることができるのか。

そのための、長い教育設計の一部なのだと思います。


参考資料

  • International Baccalaureate, Learning a language in the Diploma Programme

  • International Baccalaureate, Studies in language and literature

  • International Baccalaureate, Language A: Literature Guide

  • International Baccalaureate, Examiner Instructions 2026 — Language A

  • International Baccalaureate, Language B

  • International Baccalaureate, Language ab initio

  • International Baccalaureate, DP Passing Criteria

  • International Baccalaureate, All Diploma Programme Subjects

  • 国際基督教大学(ICU)「2027年度 総合型選抜〈IBDP利用〉」

  • 東京学芸大学「2027年度 国際バカロレア選抜 学生募集要項」

  • 東京学芸大学「2027年度 帰国生選抜 学生募集要項」

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「IBに入る」のではなく、「IB型の学び方に切り替わる」と考えてほしい 海外で子どもの進路を考えていると、IB(International Baccalaureate/国際バカロレア)という選択肢を目にする機会が増えます。 世界各国の大学への進学につながりやすいことに加え、暗記だけではなくCritical ThinkingやResearchを重視し、自分の考えを持って論理的に説明する力を育てる。こうした特徴に魅力を感じ、将来はIB Diploma Programme(DP)へ進ませたいと考えるご家庭も少なくないと思います。 私自身、IBの教育理念には非常に魅力的な部分が多いと思っています。 ただし、DPを検討するときに一つ注意してほしいことがあります。それは、「高校になったらIBを始めればいい」とだけ考えていると、想像以上に大きな学習スタイルの変化に直面する可能性があるということです。 これは、「DPは難しいから頭の良い子しかできない」という話ではありません。DPでは、単に学習内容が難しくなるだけではなく、自分で計画し、調べ、考え、文章にし、複数の課題を同時に管理することが求められるからです。 つまり、高校からDPへ入るということは、教科が難しくなるだけではなく、場合によっては**「勉強の仕方そのもの」をかなり短期間で変えること**になります。 DPは、6教科を勉強するだけのプログラムではない まず、DPがどのようなプログラムなのかを簡単に整理しておきます。 DPは原則16~19歳を対象とした2年間のプログラムで、学生は6つの教科群から科目を履修します。それに加えて、DP Coreと呼ばれるTheory of Knowledge(TOK)、Extended Essay(EE)、Creativity, Activity, Service(CAS)の3つにも取り組みます。 (ibo.org) この「Core」が、一般的な高校教育との違いを考えるうえで非常に重要です。 例えばExtended Essayでは、学生自身が研究テーマを決め、Research Questionを設定し、資料を調べ、議論を組み立て、最終的に4,000語の研究論文を完成させます。大学の卒業論文ほどではありませんが、高校生の段階で「先生から出された問題に答える」のではなく、自分で問いを設定して長期間かけて研究することが求められます。 TOKでは、「私たちはなぜそれを知っていると言えるのか」「何を証拠と考えるのか」といった、知識そのものについて考えます。評価にはExhibitionに加え、1,600語のEssayも含まれます。 そのうえで、各教科にも試験だけではなく、校内で行うInternal Assessmentなどの課題があります。DPの評価は最終試験だけで決まる仕組みではなく、教科によっては長期間かけて作成する課題も評価対象になります。 つまりDPの2年間は、「6教科を勉強して最後に試験を受ける」という単純なものではありません。通常の授業、宿題、試験勉強、Internal Assessment、TOK、Extended Essay、CASが、同じ2年間の中で同時に進んでいきます。ここにDP特有の難しさがあります。 大変なのは、「難しい問題」より「全部を同時に管理すること」 DPについて「大変」と聞くと、多くの人は、数学が難しい、英語のEssayが難しい、覚える量が多い、といった教科内容を想像するかもしれません。 もちろん、それもあります。しかし私は、それ以上に大きいのが自己管理だと思っています。 例えばExtended Essayは、提出日の前日に一晩頑張れば完成する課題ではありません。テーマを決め、Research Questionを絞り、資料を探して読み、構成を考え、執筆し、SupervisorとのReflectionを重ねながら完成させていきます。 その一方で、ほかの教科も当然進んでいます。数学のテストがある週にHistoryのEssayの締め切りがあり、ScienceのInternal Assessmentを進めながらTOKのEssayも書く、といったことが起こります。 こうなると必要なのは、「勉強ができる」ことだけではありません。何をいつまでに終わらせるのかを逆算し、大きな課題を小さく分け、自分で進捗を管理する力が必要になります。 IB自身も、DPのような要求の高い教育プログラムではSelf-managementが重要であり、とりわけTime ManagementはDP学生にとって重要な能力だと説明しています。 実際、DP経験者を対象にした研究でも、学生はDPを通してTime Management、Research、Writing、Critical Thinkingなどの力を身につけ、それらが大学進学後にも役立ったと報告されています。一方、DP導入校を調査した研究では、学生のStressが課題の一つとして挙げられています。 つまりDPの負荷は、欠点であると同時に、DPが大学進学後に役立つ力を育てる理由でもあるのです。 高校から突然「自分で管理してください」と言われても難しい ここで私が気になるのが、それまでどのような学習をしてきたかです。 例えば、それまでの学校生活で、先生や保護者が宿題や提出物を細かく管理し、試験範囲も明確で、課題は数日から1週間程度で終わるものが中心だったとします。また、正解のある問題を解くことが多く、必要な資料も先生から与えられる環境に慣れていたとします。 その状態から16歳になった瞬間、「半年後の締め切りから逆算して自分で研究を進めてください」「自分で問いを設定してください」「複数の資料を比較して、自分のArgumentを作ってください」「Criterionを読んで、自分の成果物を評価してください」と求められても、最初から簡単にできるとは限りません。 問題は能力ではありません。そのような学び方を経験したことがあるかどうかです。 DPで初めてSelf-managementやIndependent Researchを本格的に経験すると、教科学習と同時に「IBでの学び方」そのものまで学ばなければならなくなります。そこが、高校から突然DPへ入るときの大きな負荷になり得ます。 では、MYPから始めなければDPは無理なのか? ここは誤解のないようにしておきたいと思います。MYP(Middle Years Programme)を履修していなければDPへ進めない、ということではありません。 DPは16~19歳向けの独立したプログラムで、MYP以外の教育課程からDPへ進む学生もいます。過去のIBによる比較資料でも、DPへの進学者はMYPだけでなく、他の教育課程から来ることが想定されています。また、MYPを経験した学生が必ずDPで高得点を取るとも限らないでしょう。 IBのContinuumについて調べた研究では、PYP・MYPを経験した学生とDPのみを経験した学生の試験結果には有意な差が見られなかったようです。一方で、学校や学生への質的調査では、MYPで身につけたOrganization、Time Management、Inquiry-based Learning、Problem Solving、Criterion-referenced Assessmentへの慣れがDPへの準備に役立ったという報告がありました。 私は、この違いが重要だと思います。MYPをやればDPで成功する、という話ではない。けれど、DPで必要になる「学び方」に早くから触れておける。このメリットはあるのではないでしょうか。 MYPでは、すでに「勉強の仕方」を学んでいる MYPの特徴の一つに、Approaches to Learning(ATL)があります。 これは単なる教科知識ではなく、Research、Critical and Creative Thinking、Communication、Collaboration、Self-managementといった、「どう学ぶか」に関する力を育てる考え方です。 さらにMYPの最終学年にはPersonal Projectがあります。学生自身が興味のあるテーマを選び、長期間にわたって計画を立て、調査し、成果物を作り、そのプロセスを振り返ります。評価されるATLにはSelf-management、Research、Communication、Critical and Creative Thinkingなどが含まれます。 これは、もちろんExtended Essayと同じではありません。 しかし、自分でテーマを選び、長期的な計画を立て、期限まで自分で進め、資料を調べ、最後にプロセスを振り返るという経験を、DPへ入る前に一度していることには意味があります。 高校に入って初めて「半年かけて自分でProjectを完成させてください」と言われるのと、中学生の間から似た学習を経験しているのとでは、心理的な負荷も違うでしょう。 MYPの本当のメリットは、Personal Projectだけではない MYPというとPersonal Projectが目立ちますが、それだけではありません。日々の学習の中でも、「なぜそう考えるのか」「どのEvidenceを使ったのか」「どのCriterionを満たしているのか」「自分の学習をどうReflectするのか」といったことを繰り返します。 つまり、正解を当てるだけではなく、自分の考えに根拠をつけ、それを説明することが求められます。また、課題の評価基準がCriterionとして示され、それを読みながら自分の成果物を作ることにも慣れていきます。これはDPでも重要です。 先生が「これを書けば80点」と全部指示してくれるのではなく、Assessment Criteriaを理解し、「この課題では何を求められているのか」を自分で読み取る必要があります。 つまりMYPからDPへ進むメリットは、単にIBという名前のカリキュラムを長く経験することではなく、IB特有の学び方を、何年もかけて少しずつ日常化できることなのだと思います。 非MYPからDPへ進むなら、何を準備すればよいのでしょうか では、日本人学校や他のインターナショナルスクール、各国の国内カリキュラムからDPへ進む場合はどうでしょうか。 決して悲観する必要はありません。むしろ、DPで何が要求されるのかを事前に理解して、その学び方を少しずつ練習しておけばよいのだと思います。 例えばDPが始まる1~2年前から、長期課題を自分で管理する経験を作ることができます。夏休みに一つテーマを決め、数週間かけて調べてレポートを書く。先生や親が毎週「やった?」と確認するのではなく、最終提出日から逆算して本人に計画を作らせる。文章を書くときには、単なる感想ではなく、Claimを出し、その理由とEvidenceを示す。インターネット検索だけで終わらせず、複数の資料を比較し、「この情報はどこから来たのか」を意識する。そして提出後には、「何がうまくいったか」「次に何を変えるか」を振り返る。 こうした小さな経験を積んでおくだけでも、DP開始時の負荷は変わると思います。 必要なのは、「MYPの名前がついた教育を受けること」そのものではなく、DPで求められる学習習慣をDP開始前に経験しておくことだからです。 親がすべて管理してきた場合は、少しずつ手を離す必要がある これは、IBに限らず中高生の教育全般に言えることかもしれません。 親が長い間、試験日や宿題、提出物、予定表、忘れ物まで細かく管理していると、子ども自身は「誰かが教えてくれる」ことに慣れてしまいます。小学生のうちは、それでもよい場面がたくさんあります。 しかしDPでは、自分自身で管理することが急に増えます。そのため、DPへ進む可能性があるのであれば、中学生くらいから、「親が管理する」から「本人が管理し、親は必要なときだけ支える」へ少しずつ変えていくことも重要だと思います。 失敗も必要です。提出期限を忘れる、予定より時間がかかる、計画が甘かったことに気づく。中学生のうちの小さな失敗なら修正できます。 しかしDPのExtended EssayやInternal Assessmentで初めてそれを経験すると、代償が大きくなります。 自己管理は、説明されて身につくものではなく、実際に自分で管理して失敗し、修正することで身につく力です。 「頭が良いからDPに向いている」とは限らない DPを考えるときには、「学校の成績が良い」「テストで高得点を取る」「記憶力が高い」といったことだけで適性を判断しない方がよいと思います。 もちろん、基礎的な学力は重要です。しかしDPでは、それに加えて、長期間課題を続ける力、複数の締め切りを管理する力、自分でResearchする力、分からないときに助けを求める力、完璧でなくても一度Draftを作る力、Feedbackを受けて修正する力なども求められます。 IBの研究でも、DP学生が大学進学後に強みとして挙げるのは、教科知識だけではなくTime Management、Organization、Research、Analytical Writingなどです。 だから私は、「うちの子は成績がいいからIB」だけではなく、「この学び方が、この子に合っているだろうか」を見ることも大切だと思っています。 DPの負荷は、必ずしも悪いことではない ここまで読むと、DPがとても大変なプログラムに見えるかもしれません。実際、大変だと思います。でも、その負荷そのものが、DPの大きな教育価値でもあります。 大学に進めば、先生が毎日宿題を確認してくれるわけではありません。長いResearch Paperを書き、自分で文献を探し、複数の授業を同時に管理し、締め切りも自分で把握する必要があります。つまりDPで要求されることの多くは、その後の大学教育にかなり近いものです。 DP経験者を対象にした研究でも、大学進学後に「DPで学んだTime ManagementやResearch、Writingの経験が役立った」と回答する学生が多く報告されています。 だから私は、「DPは大変だから避けるべき」とは全く思いません。むしろ、大変だからこそ、その2年間に入る前に準備しておくという考え方をしてほしいと思っています。 「IBを選ぶ」のではなく、「IBで学べる状態を作る」 以前の記事で、学校選びは「入口」より「出口」を考えてほしい、と書きました。IBについても同じです。 「大学進学に有利そうだからDPへ入る」「国際的な資格だからDPへ入る」だけではなく、DPが始まる前に、自分で課題を管理した経験があるか、自分でResearchしたことがあるか、長い文章を書いたことがあるか、複数の締め切りを管理したことがあるか、Feedbackを受けて書き直した経験があるか、といった点を一度考えてみる必要があります。 もし、まだできないのであれば、「DPには向いていない」と判断する必要はありません。DPが始まるまでに、少しずつ経験させればいいのです。 MYPに進む方法もありますし、別の学校で同じようなProject-based Learningを経験する方法もあります。家庭でも、自分で調べてまとめる機会は作れます。大切なのは、16歳になって初めて、すべてを同時に始めないことだと思います。 そして、もう一つ大きな問題が「言語」です DPを考える日本人家庭には、もう一つ非常に重要な問題があります。それは、何語でDPを受けるのかという問題です。例えば、普段英語で授業を受けているからといって、English Aで文学作品を分析し、Essayを書けるレベルにあるとは限りません。 一方、日本語は家庭では流暢に話していても、これまでの記事で書いてきたように、日本語で同年代向けの文学を読み、論理的な文章を書く力まで育っているとは限りません。 そしてDPでは、言語科目の選択がDiploma全体の設計にも関わってきます。「英語が得意だから大丈夫」「日本人だからJapaneseを選べばいい」というほど単純ではありません。 DPへ進む可能性があるのであれば、どの言語を、どのレベルで、どのように履修するのかを、中学生くらいの段階から意識しておく意味があります。 これは、これまでにわたって書いてきた「在外のお子さまの日本語」の話とも、実は直接つながっています。 参考資料 International Baccalaureate, Diploma Programme International Baccalaureate, DP core International Baccalaureate, Theory of knowledge International Baccalaureate, Extended essay International Baccalaureate, How the MYP works International Baccalaureate, Personal project Walker, Bryant & Lee (2014), The International Baccalaureate continuum: Student, teacher and school outcomes International Baccalaureate Research, Key findings from research on the impact of the Diploma Programme

海外駐在の学校選びは、「入口」より「出口」を考えてほしい

2026.09.29

海外駐在の学校選びは、「入口」より「出口」を考えてほしい

「せっかく海外に来たのだから」で学校を選ぶ前に、帰国後まで考えていますか? 海外赴任が決まると、多くのご家庭が子どもの学校選びに悩みます。日本人学校にするのか、現地校にするのか、インターナショナルスクールにするのか。英語圏以外であれば、さらに現地語で教育を行う学校という選択肢もあります。 海外で暮らす機会は、子どもにとって非常に貴重です。「せっかくフランスに来たのだからフランス語を身につけてほしい」「せっかくオランダにいるのだから現地の学校で学ばせたい」と考えるのは、とても自然なことだと思います。実際、現地の言語や文化の中で学ぶことで、日本では得られない経験をすることができます。 ただ、駐在家庭の学校選びを考えるとき、私は一つだけ、かなり早い段階で考えてほしいことがあります。 その学校にどう入るかではなく、その学校から次にどこへ出るのか。 つまり、「入口」よりも「出口」です。 3年間その言語で学んだあと、その次は何語で学ぶのでしょうか 以前、あるフランスに駐在された家庭のお話を聞いたことがあります。「せっかくフランスに来たのだから」と、お子さまをフランス語を主な学習言語とする学校へ通わせることにしました。 数年間の海外生活の中で、お子さまはフランス語を身につけました。それ自体は素晴らしいことです。新しい言語を身につけ、その言語で学校生活を送り、異なる文化の中で学ぶという経験は、大きな財産になったと思います。 ところが、駐在期間を終えて中学生の時期に日本へ帰国すると、別の問題が出てきました。 日本語での日常会話はできます。しかし、日本の学校では、理科も社会も数学も国語も、すべて日本語で学びます。教科書に出てくる語彙も、問題文の表現も、授業中の説明も、これまで数年間使ってきたフランス語での学習言語とは違います。 その結果、日本の学校の授業についていくこと自体に大きな負荷がかかり、高校受験の準備にも影響が出ました。最終的にそのご家庭は、日本での進学を続けるのではなく§再びフランスに戻り、海外で教育を受けるという選択をしました。 このご家庭の判断が間違っていた、と言いたいわけではありません。結果として海外で教育を継続する道を選び、それがそのお子さまにとってより良い選択だった可能性もあります。 ただ、この事例を聞いたとき、私は強く思いました。 学校を選ぶときに、その3年間だけを見るのではなく、「3年後にどの教育システムへ接続するのか」まで考えておく必要があるのではないか。 学習言語を変えるということは、「会話の言語」を変えることとは違う ここまでの連載でも何度も書いてきましたが、日常会話ができることと、その言語で学べることは同じではありません。 例えば、日本語で友達と話せても、日本の中学の社会科の教科書をすぐに理解できるとは限りません。「立法」「需要」「供給」「背景」「要因」「対立」「影響」といった教科学習で使う語彙や、資料を比較して答えを導き出す文章表現に慣れている必要があるからです。 逆に、フランス語や英語で学校生活を問題なく送れるようになったとしても、その言語で高校レベルの文章を読み、論理的なEssayを書けるようになるには、さらに時間が必要です。 つまり、学校の学習言語を変えるということは、単に「新しい言葉を覚える」という話ではありません。その言語で知識を身につけ、情報を整理し、文章を読み、自分の考えを説明するための学習言語そのものを作り直していくことでもあります。 UNESCOも多言語教育について、子どもが十分に理解できる言語を学習の基盤として使うことの重要性を指摘しています。特に、一つの学習言語から別の言語へ移行する際には、第一言語での学習基盤を十分に育てながら段階的に移行することが重要だとされています。 これは「第二言語や第三言語で教育を受けるべきではない」という意味ではありません。むしろ、複数言語で学べることには大きな価値があります。 問題は、その移行を教育計画として考えているかどうかです。 駐在家庭の場合、「出口」が最初からある程度分かっている 移民家庭や永住家庭と、駐在家庭には大きな違いがあります。駐在の場合、多くの家庭では海外生活にある程度の期限があります。 3年後に日本へ帰る可能性が高い。5年後かもしれない。会社の都合なので確定はしていない。それでも、「将来日本へ戻る可能性が比較的高い」ということ自体は分かっていることが多いのではないでしょうか。 そうであれば、学校を選ぶときに「この3年間で何を得られるか」だけでなく、帰国時に何が必要になるかまで考えておいた方がよいと思います。 例えば、小学2年生から3年間海外で過ごし、小学5年生で日本へ戻る場合と、中学1年生から3年間海外で過ごし、高校受験直前に戻る場合とでは、同じ「3年間の海外生活」でも意味は全く違います。 低学年であれば、帰国後に時間をかけて日本語での学習へ再適応できる可能性があります。一方、中学生で戻れば、帰国したその日から日本語で数学や理科や社会を理解しながら、同時に高校受験の準備を進めなければならないこともあります。 日本の文部科学省も、帰国児童生徒について、日本語能力などの事情によって直ちに相当学年で学ぶことが適切でない場合には、学校生活への適応を考慮した対応が可能であることを示しています。つまり制度上も、「海外から戻れば、その日から何の問題もなく日本の同学年へ戻れる」と単純には考えられていません。 第三言語を学ぶこと自体が問題なのではありません ここは誤解のないように強調しておきたいと思います。 フランスに住んでいる子どもがフランス語で学ぶことも、オランダに住んでいる子どもがオランダ語で学ぶことも、それ自体は素晴らしい選択肢です。 実際、現地語で教育を受けることで、単に言葉だけではなく、その国の文化や考え方、友人関係、社会そのものに深く入ることができます。「海外に住んでいた」という経験と、「その社会の中で生活した」という経験は同じではありません。 だから、「第三言語の学校は危険」という話ではありません。 私が考えてほしいのは、その言語を、いつまで学習言語として使う予定なのかということです。 例えば、フランス語で小学3年生から小学6年生まで学び、その後もフランス語圏で中学・高校・大学まで進むのであれば、フランス語はその子にとって継続的な学習言語になります。 一方、小学校の3年間だけフランス語で学び、中学から日本語へ完全に戻るのであれば、その3年間の教育をどのように日本語での学習へつなぐのかを考えておく必要があります。 さらに、親がその言語を話せず、帰国後もその言語を使う環境がほとんどないのであれば、せっかく身につけた言語自体を維持することも難しくなる可能性があります。 そうなると、 「日本語での学習を3年間止めた」 「第三言語を3年間学んだ」 「しかし帰国後は第三言語を使わなくなった」 という状態になることがあります。 これを教育としてどう評価するかは、家庭の価値観によります。ただ、少なくともそこまで想定したうえで選んだのかどうかは、とても大きな違いだと思います。 「何語話せるか」だけではなく、「何語で学べるか」 海外で子育てをしていると、「何か国語話せるか」ということに目が向きやすくなります。 日本語、英語、オランダ語。3か国語話せる。それは確かに素晴らしいことです。 でも、この連載で繰り返し書いてきたように、私は子どもの言語を見るとき、「何語話せるか」だけでは足りないと思っています。 もう一つ、 「どの言語なら、年齢相応のことを深く学べるのか」 を見る必要があります。 例えば3言語で日常会話ができても、どの言語でも年齢相応の長い文章を読めないのであれば、学習という面では別の課題があります。 反対に、日本語と英語の2言語しか使えなくても、日本語では文学や社会問題について深く考えられ、英語では学校のEssayを書けるのであれば、非常に強いバイリンガルです。 私は、言語教育を考えるとき、 言語の「数」より「深さ」 を一度考えてみてもよいと思っています。 学校を選ぶとき、「今の学校」ではなく「次の学校」を見る では、海外赴任時の学校選びで具体的に何を考えればよいのでしょうか。 私は、現在検討している学校だけを見るのではなく、その次に通う可能性が高い学校を一緒に見ることをおすすめします。 3年後に日本へ帰るなら、その時点でお子さまは何年生でしょうか。日本の学校では、その学年でどの程度の文章を読み、どの程度の漢字を使い、理科や社会でどんな内容を学んでいるでしょうか。 高校受験の時期と重なるのであれば、受験科目はどうなっているでしょうか。帰国生入試という選択肢はあるでしょうか。日本語で作文や小論文を書く必要はあるでしょうか。 逆に、海外で高校まで進むのであれば、今通っている学校からどの教育課程へ進むのでしょうか。IBなのか、A-levelなのか、各国の国内カリキュラムなのか。そのとき必要な言語は何でしょうか。 こうやって「次」を見ると、 今、日本語をどこまで維持すべきなのか。 現地語をどこまで伸ばすべきなのか。 英語をいつから本格化すべきなのか。 という判断が変わってきます。 学校選びが単なる「今の学校探し」ではなく、一つの教育経路を設計する作業になります。 「帰国するか分からない」場合はどうするのか 駐在家庭では、これが一番難しいと思います。 3年と言われていた赴任が5年になることもある。逆に突然帰任になることもある。転職してそのまま海外へ残る可能性もある。 つまり、出口が分からない。 その場合は、一つに決め打ちするよりも、選択肢を残すという考え方が重要になります。 例えば、インター校や現地校へ通いながらも、日本語での読書は続ける。日本の算数や国語に完全に合わせる必要はなくても、日本語で年齢相応の文章を読む力はできるだけ残しておく。 日本へ戻らなければ、その日本語は無駄になるのでしょうか。 私はそうは思いません。 日本語で本を読み、日本語で考え、日本の社会や文化へ直接アクセスできる力は、それ自体が一つの資産です。 そして突然帰国することになった場合にも、「ゼロから日本語の学習言語を作り直す」という事態を避けやすくなります。 これは、以前の記事で書いた、「追いつくより、大きく離れない」という考え方と同じです。 子どもにとっての「選択肢」を、本当に増やしているか 海外の学校選びでは、 「英語を身につければ将来の選択肢が増える」 「フランス語もできればさらに有利」 という話をよく聞きます。 それ自体は間違いではないと思います。 でも、新しい言語を一つ加えるために、それまで使っていた学習言語を完全に手放した結果、別の進路が非常に難しくなるのであれば、 本当に選択肢は増えたのでしょうか。 私は、ここを一度考えてみてもよいと思います。 選択肢を増やすとは、話せる言語の数を増やすことだけではなく、将来どの教育システムへもある程度移れる状態を残すことでもあるはずです。 日本へ戻れる。 海外にも残れる。 日本の大学も考えられる。 海外の大学も考えられる。 もちろん、すべてを完璧に準備することはできません。 でも、どの扉を開けておき、どの扉を閉じるのかを家庭として理解していることは重要です。 「せっかく海外にいるから」は、十分な理由なのでしょうか 海外駐在という機会は、確かに特別です。 日本ではできない経験をさせたい。 現地の人と同じ学校に通わせたい。 新しい言語を身につけさせたい。 その気持ちは、とてもよく分かります。 でも、教育は旅行ではありません。 「せっかく来たのだから、経験させてみよう」だけではなく、その経験が子どものその後の教育にどうつながるのかまで考える必要があります。 特に、学習言語を変えることには、それなりの時間と負荷が伴います。UNESCOも、教育言語の移行について、子どもが十分に理解できる言語を土台にしながら段階的に別の言語へ移ることの重要性を繰り返し指摘しています。 だからこそ、「この学校に入ったら英語が身につきそう」だけで終わらず、「この学校を出たあと、この子はどこへ行くのだろう」まで考える。 それが、駐在家庭の学校選びではとても重要だと思っています。 学校選びは、点ではなく線で考える 以前の記事で、「インター校がお子さまにとって本当にベストな選択なのか」という問いを投げかけました。 日本語や母語教育について考えてきた今、もう一度その問いに戻ると、私が一番伝えたいことは、インター校か日本人学校か、現地校かという「学校の種類」の問題ではないことが分かります。 重要なのは、教育を点ではなく、線で見ること。 小学3年生の今だけを見るのではなく、 小学6年生 中学3年生 高校 大学 そしてその先まで、完全には予測できなくても、いくつかの可能性を考えてみる。 今選ぼうとしている学校が、その次の学校へどうつながるのか。 今選ぼうとしている学習言語が、その後も使われるのか。 もし別の言語へ戻るなら、その橋をどう残しておくのか。 そこまで考えて学校を選べば、海外教育は子どもにとって非常に大きな財産になると思います。 第三言語を学ぶことも、インター校へ通うことも、日本人学校を選ぶことも、それ自体に正解・不正解があるわけではありません。家庭によって、答えは違います。 ただ、一つだけ共通して考えてほしいことがあります。学校を選ぶとき、「どこに入るか」だけでなく、「そこからどこへ出るのか」まで考えてみる。それだけで、同じ学校選びでも見えるものが大きく変わってくるのではないでしょうか。 参考資料 UNESCO (2023), Early-exit language transitioning programming: The rationale, the benefits and the limitations UNESCO Global Education Monitoring Report (2025), The right multilingual education policies can unlock learning and inclusion 文部科学省「外国から帰国した学齢児童生徒の就学手続について」