「本を読まない子」に、名作を与える前に考えてほしいこと
September 15, 2026
目次
- 1. 読書への入口は、「良い本」ではなく「好きなもの」かもしれない
- 2. 日本語の本を読むことが、あまり好きではなかった子
- 3. 「読まされている」から、「知りたい」に変わった
- 4. 親が選ぶ「良い本」と、子どもが読みたい本は違う
- 5. 「物語を読まない=読書嫌い」ではない
- 6. 在外のお子さまの場合、「興味」はさらに重要
- 7. 難しい言葉があっても、興味があれば乗り越えられることがある
- 8. 「興味のある本なら、難しくても何でもいい」ではない
- 9. 子どもに「本を選ばせる」ことの意味
- 10. 在外のお子さまだからこそ、「日本語で好きなもの」を作る
- 11. 日本語で「楽しみのために読む」こと
- 12. 読書のたびに「勉強」にしない
- 13. すべての知らない言葉を調べなくていい
- 14. 漫画でもいいのでしょうか?
- 15. 大人の役割は「先生」より「司書」に近い
- 16. 「本を読まない」のではなく、「選び方」が合っていないこともある
- 17. 読書が増えた時期に、学校の成績にも変化があった
- 18. 読書好きにすることを、ゴールにしなくてもいい
- 19. 「何を読ませるか」より、「何が好きか」を聞いてみる
- 19-1 参考資料
読書への入口は、「良い本」ではなく「好きなもの」かもしれない
日本語の読書がなかなか進まない。本を渡しても読まない。最初の数ページでやめてしまう。「うちの子は本が嫌いなんです」海外で日本語を育てているご家庭から、こうした相談を受けることがあります。
確かに、本を読むこと自体があまり好きではないお子さまもいるでしょう。でも教室で子どもたちを見ていると、ときどき思うことがあります。本を読むことが嫌いなのではなく、まだ「読みたい本」に出会っていないだけなのではないか。今回は、そんなことを強く感じた、あるお子さまのお話から始めたいと思います。
日本語の本を読むことが、あまり好きではなかった子
そのお子さまは、日本語で会話することはできます。でも、日本語の読書はあまり得意ではありませんでした。本を渡しても、積極的に読みたいという感じではありません。知らない言葉も出てきます。漢字もあります。学校では別の言語を使っていますから、日本語で文章を読むこと自体に少し負荷があります。
「読書をしましょう」と言われても、本人にとっては、楽しいことというより、日本語の勉強に近かったのかもしれません。
そんな中、ご家庭で犬を飼い始めたご家庭がありました。そのお嬢さまは犬が大好きでしたので、少し本の選び方を変えてみることにしました。犬が登場する物語だけではありません。介助犬について書かれたノンフィクションや障害のある人を支える犬についての本、犬と人との関係を扱った本など、本人の興味に近いものを選んで渡してみました。
すると、少しずつ様子が変わりました。
「読まされている」から、「知りたい」に変わった
最初に起きた変化は、急に読解力が上がったことではありません。本を読む理由ができたことでした。
犬についてもっと知りたい、この犬はどうなるのだろう、介助犬はどうやって人を助けるのだろう、なぜこの犬はこんな行動をするのだろう。
そこに本人自身の「知りたい」がありました。すると、知らない言葉が出てきても、前ほど簡単には本を閉じなくなります。少し難しい文章でも読み進め、分からないところを聞来たりしながら次の本を読む。そこから、犬とは直接関係のない本にも少しずつ読書が広がっていきました。
気がつけば、「日本語の本を読ませる」状態から、「本人が本を読む」状態へ変わっていたのです。
私はこの経験から、本を選ぶときに、「この子に読ませるべき本は何だろう」だけではなく、「この子は今、何を知りたいのだろう」と考えることが、とても大切なのだと改めて感じました。
親が選ぶ「良い本」と、子どもが読みたい本は違う
子どもに本を読ませたいと思うと、私たち大人はつい、名作や推薦図書、受賞作品など「せっかくなら良い本を」と考えます。
もちろん、どれも悪いものではありません。でも、その本がどれだけ素晴らしくても、本人にとって興味がなければ、読まれない本は、読書経験にはなりません。
一方、恐竜が大好きな子なら恐竜の本、サッカーが好きならサッカーの本、宇宙が好きなら宇宙の本など、本人がすでに強い関心を持っている分野なら、そこには最初から、「続きを読みたい理由」があります。
読書研究でも、読書への動機づけと実際の読書量、読解成績には関連があることが長く指摘されています。読書への内発的な動機や興味は、子どもがどれだけ読むかを考えるうえで重要な要素です。
「物語を読まない=読書嫌い」ではない
ここも、私はとても重要だと思っています。日本語の読書というと、児童文学や物語を読ませようとしがちです。でも、物語にそれほど興味を持たない子どももいます。その一方で、昆虫図鑑なら時計を忘れて没頭し、サッカー選手の伝記なら何冊も続けて読み、科学実験の本なら朝から晩までながめている、そのようなお子さまが少なからずいます。
読書の入口で大切なのは文学作品を読むことより、日本語の文字を自分から追い続ける経験を作ることではないでしょうか。
ノンフィクションにも専門語彙があり説明があります。原因と結果があり、数字・比較があります。知らない世界もあります。そして、「もっと知りたい」と思えば、次の本へつながります。
犬について知りたいから本を読む。本を読んだ結果、犬についてだけでなく、新しい日本語にも出会う。この順番でよいのではないでしょうか。
在外のお子さまの場合、「興味」はさらに重要
海外で育つお子さまの場合、日本語の本を読むには、もう一つハードルがあります。普段学校で読んでいる言語と、日本語が違います。英語やオランダ語では年齢相応の文章を読めるのに、日本語になると漢字が難しく、読書に時間も掛かります。知らない言葉も数多くあります。だから、同じ本を読むにも負荷が高くなります。
例えば12歳のお子さまが、日本語では9歳向け程度の本なら読みやすいとします。しかし本人の興味や知的好奇心は12歳です。9歳向けの内容では、読めるけれど、面白くない。一方、12歳向けの本は、面白そうだけれど、日本語が難しい。ここに、在外のお子さま特有の難しさがあります。
前回でも触れましたが、本人の知的年齢と、日本語で読める文章のレベルがずれることがあるのです。
だからこそ、本の内容そのものへの強い興味が助けになります。多少日本語が難しくても、「知りたい」があれば、読み進める理由になります。
難しい言葉があっても、興味があれば乗り越えられることがある
犬の本を読んでいたお子さまにも、始めて触れる言葉は当然ありました。例えば
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介助
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障害
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訓練
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信頼
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役割
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判断
こうした言葉は、日常の家庭会話では頻繁には使わないでしょう。でも、本人には犬について知りたいという目的があります。だから、「介助って何?」と聞く。判らないことばの前後の文章を読み直し、語彙を推察する。そして語彙を確認し、次に同じ言葉が出てきたときにはある程度想像がつく。この作業を繰り返すことにより、語彙学習が目的なのではなく、知りたいことを理解する過程で語彙が増えるという状態になります。これは読書の非常に大きな強みです。
特に教室で行っている”読書で育てる国語力クラス”なら単元毎に、重要な語彙を確認しながら読書を進めていくために、効率的に語彙力をUPする事ができます。言葉に「情景」がつくのです。
「興味のある本なら、難しくても何でもいい」ではない
ただし、ここには注意も必要です。好きなテーマであれば、どれだけ難しい本でもよいわけではありません。毎ページ辞書を引かなければ理解できない程難しい本だと、本人の興味よりも「読む負荷」の方が大きくなります。
2024年の独立読書に関するメタ分析でも、特に読むことに苦労する子どもは、自分に適した本を選ぶこと自体が難しい場合があると指摘されています。単に「好きな本を自由に読んで」とするだけでなく、適切な本との出会いを支援することが重要です。
だから、本人に選ばせることと、大人が支援することは両立します。私は、「これを読みなさい」ではなく、「犬が好きなら、この3冊はどう?」という関わり方がよいと思っています。選択肢は大人が用意し、最後は本人が選ぶ。このバランスがいいのだと考えています。
子どもに「本を選ばせる」ことの意味
学校教育の研究でも、子どもが選択できることは学習への参加意欲と関係することが報告されています。2024年の中学生を対象にした研究でも、読む本や課題に選択肢を持たせることと、感情面・行動面・認知面での授業参加の高まりとの関連が報告されています。もちろん、一つのクラスでの研究ですから、「自由に選ばせれば必ず読書好きになる」という意味ではありません。
ただ、自分で選んだ本と、親から「これはあなたのためになるから読みなさい」と渡された本では、子どもにとって意味が違うことは想像しやすいと思います。
読書を、親から与えられる課題から、自分の選択へ変える。これは、特に年齢が上がるほど重要になってくると思います。
在外のお子さまだからこそ、「日本語で好きなもの」を作る
海外で育つお子さまの場合、好きなものについて調べる言語そのものが、英語や現地語になっていることがあります。サッカーについて調べるなら英語。ゲームの攻略を見るのも英語。好きな俳優について検索するのも英語。科学の動画を見るのも英語。これは当然です。学校や友人の言語が英語や現地語だからです。
その結果、日本語は、親や祖父母と話す言語、日本語の宿題をする言語。になりやすいです。そこで、自分の「好き」と日本語をつなげてみることに意味があります。そうすると日本語が、「親から維持するように言われている言葉」ではなく、自分の興味へアクセスするための言葉になります。
これは継承語として日本語を残していくうえで、とても重要だと思います。
日本語で「楽しみのために読む」こと
米国で育つ15~18歳の日本語継承語話者を対象にした研究では、家庭環境やさまざまな要因を分析した結果、日本語で楽しみのために読書することが、日本語の語彙力を予測する要因の一つとして示されています。
ここで私が注目したいのは、「国語の問題を解く」ではなく、reading for pleasure――楽しみのために読むという点です。
日本語を育てるために読ませる、語彙を増やすために読ませる、帰国後に困らないために読ませる、もちろん親にはそうした目的があります。
でも子ども自身にとっては、もっと単純に「面白いから読む」でよいのだと思います。むしろ、その方が読書は長く続きます。
読書のたびに「勉強」にしない
せっかく子どもが本を読み始めたのに、親がつい、「この言葉どういう意味?」「主人公はどう思っていた?」「このページを要約して」「漢字、読めた?」と聞きすぎてしまうことがあります。もちろん、ときどき本について話すことはとても良いことです。
でも、毎回読解テストになると、子どもにとって、
本を読む=問題を出される
になってしまいます。
自分自身に置き換えても、小説を読んだ直後に毎回、「では、この章の要旨を200字以内で説明してください」と言われたら、そのうち読書が嫌になると思います。
時にはただ読んで終わる。それでいいと思います。「面白かった?」「うん」だけでもいい。本人が話したそうなら聞く。質問してきたら一緒に考える。読書そのものを楽しむ時間を残しておくことも重要です。
すべての知らない言葉を調べなくていい
同じように、分からない言葉が一つ出るたびに、「辞書で調べなさい」と読書を止める必要もありません。分からない言葉があっても、話の流れが分かるなら読み進めていい。重要な言葉なら、一緒に考える。何度も出てくるなら意味を確認する。前後から推測する。そうやって、ストーリーや内容への没入を壊さないことも大切です。
2024年のメタ分析では、独立読書に教師による支援などを加える介入は全体として読解力に小さいながらプラスの効果がありましたが、一方で読書中の過度な支援・指導は、読書への没入を妨げる可能性も示唆されています。
「教えること」と「読ませること」は、いつも同時でなくてもいいのです。
漫画でもいいのでしょうか?
よく聞かれる質問です。私は、入口としては、漫画でもいいと思っています。吹き出しを追い、知らない表現に出会い、ストーリーを理解し、次を読みたいと思う。これだけでも、日本語の文字に触れています。
ただし、漫画だけですべての日本語読解を育てられるとは思いません。漫画には絵があるため、文章だけを読んで状況を構築する負荷は低くなります。長い説明文や論理的文章に触れる量も限られます。
だから、漫画から始まり、興味のあるテーマの本へ。短い本から長い本へ。物語からノンフィクションへ。というように、少しずつ読む世界を広げていく事が必要だと思います。
入口は何でも構いません。重要なのは、そこから次へ進めることです。
大人の役割は「先生」より「司書」に近い
子どもに読書をしてほしいとき、大人はつい先生になろうとします。「これはあなたの学年なら読めるはず」「これは良い本だから読みなさい」「30分読んだ?」「感想を書いて」
でも、私は海外の日本語読書では、親の役割は先生よりも司書に近いと思っています。この子は何が好きだろう。今、何に興味があるだろう。どのくらいの日本語なら無理なく読めるだろう。この本の次には何があるだろう。少しだけ難しくするなら何を渡そう。
そんなふうに、本人と本の間をつなぐ。そして、本を渡したら少し離れる。これくらいがよいと思います。
「本を読まない」のではなく、「選び方」が合っていないこともある
読書が苦手なお子さまには、本当にさまざまな理由があります。
日本語が難しい。漢字が苦手。読む速度が遅い。内容が幼い。興味がない。本を読むより動画の方が楽しい。読むこと自体に苦手意識がある。
だから、「本を読みなさい」だけでは解決しません。まず、なぜ読まないのかを見る必要があります。
特に在外のお子さまの場合、「本人の知的レベルに合う本」と、「本人の日本語で読める本」が一致していないことがあります。ここを調整してあげることが、親と講師の大切な仕事だと思います。
読書が増えた時期に、学校の成績にも変化があった
冒頭で紹介したお子さまは、犬をきっかけに本を読むようになり、その後、読む本の種類も少しずつ増えていきました。そして同じ頃、インター校での成績にも改善が見られるようになりました。
ただし、ここは慎重に考える必要があります。日本語の本を読んだから、インター校の成績が上がったと断定することはできません。
本人自身が成長した、学校に慣れた、英語力が伸びてきた、勉強方法が分かってきた、など、さまざまな理由が考えられます。
ただ、私から見て印象的だったのは、以前は文章を読むことそのものに抵抗があったお子さまが本を読み始めてから、文章に向き合うことを嫌がらなくなっていったことでした。
これは一つの事例にすぎません。でも、「本を読む習慣」が日本語だけに閉じた技能ではなく、文章を読むこと、情報を追うこと、分からないものを前後から考えること、長い内容に集中すること、といった学習行動全体と重なる部分があることは、考えてよいと思います。
読書への動機づけと読書活動、読解力との関連については、多くの研究でも報告されています。ただし、それらは相互に影響し合う関係であり、単純な一方向の因果関係とは限りません。
読書好きにすることを、ゴールにしなくてもいい
すべての子どもが、毎週何冊も小説を読む「本好き」になる必要はありません。大人にも本が大好きな人と、必要なときだけ読む人がいます。それでいいと思います。
海外で日本語を育てるうえで大切なのは、少なくとも、日本語で読むことを嫌いにならないこと。そして、必要なときには日本語の文章から情報を取れること、興味のあるものなら、自分から日本語でも読んでみようと思えること。その状態を作ることではないでしょうか。
「何を読ませるか」より、「何が好きか」を聞いてみる
子どもが本を読まないとき、私たちはすぐ、「おすすめの児童書は何ですか?」「小学5年生なら何を読めばいいですか?」と考えます。もちろん、読書レベルに合った本を探すことは重要です。
でもその前に、一つだけ聞いてみてください。「今、何が一番好き?」その答えの先に、その子が初めて自分から開きたくなる日本語の本があるかもしれません。
海外で日本語の読書を続けることは簡単ではありません。だからこそ、最初から「国語力を伸ばす本」を探す必要はないと思います。まず、本人が読みたい本を見つける。読んで面白いと感じ、次にまた読みたいと思う。
その結果として新しい言葉に出会い。文章を読む量が増え、少し長い本も読めるようになる。
読書習慣をつくる第一歩は名作を本棚に並べることではなく、その子の「好き」と日本語の本をつなぐことだと、今の教室をはじめてから感じています。
参考資料
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Merke, S., Ganushchak, L. & van Steensel, R. (2024), Effects of additions to independent silent reading on students’ reading proficiency, motivation, and behavior: Results of a meta-analysis, Educational Research Review, 42.
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Wigfield, A., Gladstone, J. R. & Turci, L. (2016), Beyond Cognition: Reading Motivation and Reading Comprehension, Child Development Perspectives.
-
Baker, L. & Wigfield, A., Dimensions of Children’s Motivation for Reading and Their Relations to Reading Activity and Reading Achievement, Reading Research Quarterly.
-
Mori, Y. & Calder, T. M. (2017), The Role of Parental Support and Family Variables in L1 and L2 Vocabulary Development of Japanese Heritage Language Students in the United States, Foreign Language Annals.
