EALから早く抜けることだけを目標にしてはいけない理由
August 29, 2026
目次
- 0-1 「英語が話せる」と「英語で学べる」の間には、大きな距離があります
- 1. 子どもの英語は、ある時期から急激に伸びて見える
- 2. EALの子どもには、二つの課題が同時にあります
- 3. 「友達と普通に話している」だけでは判断できない
- 4. 学習に必要な英語力の習得には時間がかかる
- 5. 「EALで成績がいいから大丈夫」とは限らない
- 6. EALを抜けた後から、本当の学習言語の課題が見えることがある
- 7. だから私は「EALを抜けること」を目標にしすぎない方がいいと思う
- 8. そして、ここでも母語を疎かにしないでほしい
- 9. 「英語に集中させたいから、日本語は少し休もう」は慎重に
- 10. 見るべきなのは「EAL」というラベルではない
- 11. 本当のゴールは、「英語を使って考えられること」
- 11-1 参考資料
「英語が話せる」と「英語で学べる」の間には、大きな距離があります
海外へ移住し、インターナショナルスクールや英語圏の学校にお子さまを入れると、多くのご家庭が最初に直面するのが「英語」の問題です。学校によって名称や仕組みは異なりますが、英語を母語としない子どもには、EAL(English as an Additional Language)、ESL、ELLなどと呼ばれる英語学習支援が提供されることがあります。
- 海外へ来たばかりの頃は、先生が何を言っているのか分からない。
- 友達が話していることについていけない。
- 授業で発言できない。
- 宿題にも時間がかかる。
そんな我が子を見ていると、親としては当然、「一日でも早く英語ができるようになってほしい」と思うでしょう。そして、「早くEALから抜けてほしい」ということが、最初の大きな目標になっていきます。
その気持ちはよく分かります。ただ、私はここで一つ注意してほしいと思っています。EALから抜けることを、英語教育のゴールにしないでほしい。ということです。
本当に見るべきなのは、「英語を話せるようになったか」ではなく、「英語を使って年齢相応の学習ができるようになったか」だからです。
子どもの英語は、ある時期から急激に伸びて見える
海外へ来たばかりの頃はほとんど英語を話せなかった子どもでも、毎日英語環境にいれば、少しずつ変化していきます。
- 友達と遊ぶ。
- 先生に質問する。
- 給食について話す。
- 「昨日何をした?」と聞かれて答える。
数か月、1年、2年と経つうちに、親が驚くほど自然な英語を話すようになることがあります。発音は親よりきれいかもしれません。友達と冗談も言っています。英語のYouTubeを笑いながら見ています。
すると、私たち大人は、「もう英語は大丈夫そうだ」と感じます。でも、ここからが重要です。
例えば、「今日のランチ、何食べた?」という質問に答える英語と、「産業革命によってヨーロッパ社会はどのように変化したのか、三つの観点から説明しなさい」という問いに答える英語は、全く違います。日常生活で使う英語と、学校で学習するために必要な英語は同じではありません。
EALの子どもには、二つの課題が同時にあります
EAL教育を専門とする英国のThe Bell Foundationは、EALの子どもが学校で取り組まなければならないことを非常に分かりやすく説明しています。EALの子どもには、「英語を学ぶ」ことと、「英語を使って学ぶ」ことという二つの課題が同時にあります。これは、とても重要なポイントです。例えば小学5年生で海外へ移住したとします。英語が小学1年生程度だからといって、学校で4年間待ってくれるわけではありません。
本人は小学5年生です。 算数も小学5年生。 理科も小学5年生。 社会も小学5年生。
友達は年齢相応の語彙を使って授業を受けています。その中で本人は、英語そのものを学習しながら、同時に英語を使って小学5年生の内容を理解しなければなりません。National Academiesも、English Learnersについて、英語力の習得と学年相応の教科学習へのアクセスを同時に確保することの重要性を指摘しています。
言い換えれば、「学校のカリキュラムは、子どもの英語が追いつくまで待ってくれない」のです。
「友達と普通に話している」だけでは判断できない
ここが、保護者にとって最も見分けにくいところだと思います。
- 英語で友達と遊んでいる。
- 先生とも問題なく話している。
- 英語のテレビを見ている。
- 買い物も一人でできる。
これらを見ると、かなり英語ができているように感じます。実際、日常生活に必要な英語力はかなり高くなっているでしょう。しかし学校では、その先が要求されます。例えば、
- compare ― 比較する
- analyse ― 分析する
- evaluate ― 評価する
- justify ― 根拠を示して正当化する
- infer ― 情報から推論する
- summarise ― 要約する
- evidence ― 根拠・証拠
- consequence ― 結果・影響
- perspective ― 視点・立場
といった言葉を理解し、文章を読み、情報を整理し、自分の考えを組み立て、それを文章や発表で表現する必要があります。さらに、理科には理科の言葉があります。社会には社会の言葉があります。数学にも数学特有の文章表現があります。
つまり「英語力」と一言で言っても、友達と話すための英語と、学習するための英語には大きな違いがあるのです。The Bell Foundationも、EAL学習者について、学術的な話し言葉は日常会話の流暢さより遅れて発達することがあると指摘しています。
学習に必要な英語力の習得には時間がかかる
「子どもは英語を覚えるのが早い」これは、ある意味では正しいと思います。でも、それを、「子どもなら数年で英語の問題はなくなる」と考えてしまうと危険です。
英国のEAL児童を対象とした研究では、「New to English」の状態から、カリキュラムをより十分に理解できる「Competent」レベルまで進んだ子どもについて、その移行には平均4.6年かかっていました。さらに、Receptionから「New to English」でスタートした児童でも、6年後にCompetentまたはFluentへ移行していなかった児童が約3分の2いました。もちろん、これは英国の学校制度における調査結果です。
子どもの年齢、家庭環境、学校、本人の言語背景などによって大きな個人差がありますし、この数字をそのままインターナショナルスクールのすべての子どもに当てはめることはできません。
ただ、少なくとも、日常会話ができるようになることと、学習に十分な英語力を身につけることには時間差があるということは、知っておいてよいと思います。
「EALで成績がいいから大丈夫」とは限らない
もう一つ、私が保護者の方に注意してほしいのが「成績」です。EAL支援を受けている間に、「うちの子、成績も結構いいんです」という状態になることがあります。もちろん、それはお子さまが頑張っている証拠です。自信を持っていいことです。ただし、その成績だけを見て、「英語でも同学年の子と同じレベルで学習できるようになった」と判断するのは少し早いかもしれません。
EAL支援では、学校や子どものレベルに応じて、
- 語彙を分かりやすくする
- 視覚資料を使う
- 文章を理解しやすくする
- 先生が補足説明をする
- 課題の取り組み方を支援する
- 学習内容と言語の両方を支援する
といったさまざまなscaffolding(足場かけ)が行われます。これは「簡単な勉強をさせている」という意味ではありません。むしろ、EALの子どもが英語力の不足によって本来持っている思考力や教科の能力を発揮できなくならないようにする、大切な教育支援です。The Bell Foundationも、EAL学習者の認知的・学術的能力と英語力は別のものであり、英語の壁によって本来理解できるカリキュラムへ十分アクセスできないことがあると指摘しています。
ですから、EAL支援を受けながら取った成績には、本人の学力+学校からの適切な言語支援の両方が反映されています。これは当然のことです。ただし、支援が徐々に減り、通常の授業で年齢相応の文章を読み、試験を受け、Essayを書かなければならなくなったとき、初めて見えてくる課題もあります。
EALを抜けた後から、本当の学習言語の課題が見えることがある
EALから通常授業へ移行すると、本人に求められる英語の量と質が上がります。
- 先生が話すスピード
- 教科書の文章量
- 専門語彙
- テスト問題の複雑さ
- Essay
- Presentation
- Group Discussion
- Research
学年が上がれば、それらはさらに高度になります。そのとき、それまで成績に大きな問題がなかったお子さまが、
- 「教科書を読むのにものすごく時間がかかる」
- 「授業は分かっているのにテストで点が取れない」
- 「Essayになると書けない」
- 「問題文の意味を取り違える」
といった状況になることがあります。
ここで保護者は驚きます。「今まで成績は良かったのに」「EALも卒業したのに」「英語も普通に話しているのに」
でも、必ずしも急に学力が下がったわけではありません。これまで見えにくかった「学習するための英語力」の差が、課題が高度になることで表面に出てきた可能性があります。
だから私は「EALを抜けること」を目標にしすぎない方がいいと思う
もちろん、英語力が上がり、EAL支援が必要なくなることは喜ばしいことです。でも、「いつEALを卒業できるのか」だけを追いかけるのではなく、次のようなことを見てほしいと思います。
- この子は、同学年向けの文章を一人で読んで理解できるか。
- 授業で出てくる抽象的な語彙を理解しているか。
- 問題文が長くなっても、何を聞かれているのか理解できるか。
- 自分の意見だけではなく、その理由や根拠まで説明できるか。
- 複数の情報を比較し、そこから結論を出せるか。
- Essayで考えを構造化できるか。
これらができるようになって初めて、「英語を使って学べるようになってきた」と考えることができます。
そして、ここでも母語を疎かにしないでほしい
では、英語が学習言語として十分に育つまでの数年間、どうすればいいのでしょうか。私は、ここで前回の記事と同じことをお伝えしたいと思います。母語を止めないことです。例えば、11歳のお子さまが英語ではまだ十分に複雑なことを説明できないとしても、日本語ならできるかもしれません。
日本語で、
- 「あなたはどう思う?」と聞く。
- 「どうしてそう思ったの?」と聞く。
- 反対意見を読ませる。
- 本を読む。
- 要約する。
- ニュースについて話す。
- 自分の考えを書く。
これを続ければ、英語力が本人の年齢に追いつくまで、思考まで同じ場所で待たせる必要はありません。英語ではまだ十分表現できない高度なことを、日本語で考え続ければいいのです。National Academiesも、English Learnersに学年相応の内容へアクセスさせることや、第一言語を教科学習の支援に活用することを有望な教育実践の一つとして挙げています。またUNESCOも、子どもが理解できる家庭言語を教育の基盤として活用しながら、他の言語での学習へつなげていく多言語教育を推奨しています。
「英語に集中させたいから、日本語は少し休もう」は慎重に
海外へ来た直後、「まずは英語を早く伸ばさなければ」という気持ちは、とても自然だと思います。でも、そのために、
- 日本語の読書をやめる。
- 日本語の学習をやめる。
- 日本語で難しいことを話す機会をなくす。
というところまで進めてしまうと、別の問題が起こります。英語が年齢相応の学習言語になるまでには時間がかかります。その間、日本語でも年齢相応の学習をしていなければ、英語でも高度な学習ができない。日本語でも高度な学習をしないという期間が生まれる可能性があります。
私が海外の子どもの母語教育で最も注意したいのは、ここです。英語が伸びることが問題なのではありません。むしろ、どんどん伸ばしてほしいと思います。ただし、英語が育っている途中だからこそ、その間の「考えるための言語」を失わないでほしいと思います。
見るべきなのは「EAL」というラベルではない
EALという言葉自体にも注意が必要です。The Bell Foundationも、「EAL」というラベルだけでは、その子どもの英語力や、学習上どのような支援が必要なのかまでは分からないと指摘しています。同じ「EAL」の子どもでも、海外へ来て3か月の小学2年生と、海外生活5年目の中学2年生では、必要な支援は全く違います。
逆に、EALの支援対象ではなくなったからといって、学習に必要な英語が完全に年齢相応になったことを意味するとは限りません。ですから、保護者が見るべきなのは、「EALか、EALではないか」ではなく、「この子は今、どの言語で、どこまで深く学べるのか」だと思います。
本当のゴールは、「英語を使って考えられること」
海外へ来たばかりの頃、英語で一言も話せなかった子どもが、友達と笑いながら英語で話している。これは本当にうれしい瞬間だと思います。そして、EALの支援が減っていき、通常授業へ移っていく。これも大きな成長です。
でも、その先があります。
- 英語で本を読む。
- 英語で物事を比較する。
- 英語で「なぜ?」を考える。
- 英語で人の意見を批判的に読む。
- 英語で根拠を示す。
- 英語で自分とは違う考えを理解する。
- 英語で長い文章を書く。
そこまで来て初めて、英語が「外国語」から「考え、学ぶための言語」へ変わっていきます。だから、EALから早く抜けることだけを目標にしないでほしいのです。「英語を話せるか」だけではなく、「英語で学べるか」、そして英語がそこまで育つ途中では、「日本語で年齢相応に考え続けられているか」。
この二つを一緒に見てほしいと思います。バイリンガル教育のゴールは、二つの言語で挨拶ができることでも、発音よく英語を話せることでもありません。私は、少なくとも一つの言語で深く考える力を止めず、やがて複数の言語を使って学び、考えられるようになること。そこを目指すことが大切なのではないかと思っています。
