家では日本語なのに、兄弟の会話は現地語になる。家庭の言語は、親だけでは決まらない。
September 3, 2026
目次
- 1. なぜ兄弟姉妹は、現地語で話すようになるのか
- 2. 実は、研究でも兄弟姉妹の言語は重要視されている
- 3. 最初の子と、末っ子では「日本語環境」が違う
- 4. 上の子が、現地語を家庭へ持ち込む
- 5. 親が日本語を話しているだけでは、日本語量が足りなくなることがある
- 6. 子どもは、親の「言語方針」に必ず従うわけではない
- 7. 「分かるけど話せない」が始まる
- 8. 一番下の子ほど注意して見てほしい
- 9. では、兄弟には日本語だけで話させるべき?
- 10. 日本語を「使わなければならない状況」をつくる
- 11. 兄弟姉妹がいることは、逆に大きな強みにもなる
- 12. 家庭言語は「自然に残るもの」ではない
- 13. 日本語を守るというより、「家庭に日本語が存在する場所を残す」
- 14. 兄弟姉妹の言葉は、家庭の未来の言葉になる
- 14-1 参考資料
海外で日本人家庭のお子さまたちを見ていると、とても興味深いことがあります。一人っ子の家庭と、兄弟姉妹がいる家庭では、日本語の使われ方がかなり違うことがあるのです。
例えば、オランダで暮らしているある家庭。親は日本人で、子どもには日本語で話しかけています。親から子へは日本語。子どもから親へも、基本的には日本語。
一見すると、「家では日本語を使っている家庭」です。ところが、兄弟姉妹だけになると突然、オランダ語もしくは英語になる。そんな家庭を、教室を運営しているとよく見ます。特に兄弟姉妹が2人、3人といる家庭では、親と話すときは日本語。でも子ども同士ではオランダ語もしくは英語。という言語の使い分けが、いつの間にか定着していることがあります。
そして、少し気になるケースもあります。上の子どもたちは日本語でも親と話せる。でも一番下のお子さまは、兄や姉から入ってくる言葉の多くがオランダ語になり、日本語で自分の考えを十分に表現することが難しくなっている。親は日本語で話しているのに、子どもはオランダ語で返す。さらに日本語での理解も少しずつ難しくなり、親子のコミュニケーションそのものに言語の壁が生まれている。そんなケースを見ることもあります。
もちろん、これはすべての多言語家庭に起こることではありません。でも、家庭の言語は、親が何語で子どもに話しているかだけでは決まらない。ということは、海外で子どもを育てるうえで知っておいてほしいと思います。
なぜ兄弟姉妹は、現地語で話すようになるのか
考えてみれば、とても自然なことです。子どもたちは一日の多くを学校で過ごします。私達の住むオランダだと、
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学校ではオランダ語。
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先生との会話もオランダ語。
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友達との会話もオランダ語。
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休み時間もオランダ語。
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遊びで使う言葉もオランダ語。
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スポーツクラブでもオランダ語。
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YouTubeやゲームでもオランダ語や英語。
そうなると、子どもにとってオランダ語は、学校で勉強するためだけの言葉ではなく、子ども同士で生活するための言葉になっていきます。その状態で兄弟姉妹が家に帰ってきます。
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学校で起きたことを話す。
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ゲームの話をする。
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一緒に遊ぶ。
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けんかする。
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冗談を言う。
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親に聞かれたくない話をする。
そうした「子ども同士の世界」は、学校と同じオランダ語もしくは英語の方が自然になっていきます。親が、「家では日本語で話しなさい」と言ったとしても、子どもにとっては、「どうして?」となるかもしれません。
学校ではずっとオランダ語(英語)を使っている。友達ともオランダ語(英語)。兄弟姉妹も同じ学校文化の中にいる。そう考えると、兄弟姉妹の会話が現地語になること自体は、とても自然な言語選択です。

実は、研究でも兄弟姉妹の言語は重要視されている
家庭の言語というと、「母親が何語で話すか」「父親が何語で話すか」が注目されがちです。しかし近年のFamily Language Policy、つまり「家庭内言語方針」の研究では、兄弟姉妹の存在も重要な要素として扱われています。
2024年に発表された多言語家庭と言語維持についての研究レビューでは、過去の研究として、子どものその後の言語使用に影響する要素の中に、兄弟姉妹間で使われる言語が含まれていることが紹介されています。
あるカナダの研究では、兄弟姉妹同士で使う言語、少数言語での読み書き、親同士が使う言語などが、子どもの将来的な言語使用と強く関係する要素として示されています。つまり、
親→子
だけを見ていては、家庭内の言語環境を十分に理解できないということです。
子→子 兄→弟 姉→妹
この言語も非常に重要なのです。
最初の子と、末っ子では「日本語環境」が違う
これは私自身、教室で子どもたちを見ていて特に興味深いと感じる部分です。例えば、3人兄弟の家庭を考えてみます。一番上の子どもが生まれたとき。家には、父親と母親と赤ちゃんしかいません。
親が日本語を使っていれば、その子に入ってくる家庭内の言葉の大部分は日本語です。ところが、5年後に3人目が生まれたとします。家庭には、父親、母親、兄、姉、末っ子がいます。
親は末っ子に日本語で話している。でも兄と姉はオランダ語で話している。兄と姉が末っ子に話しかけるときもオランダ語。兄姉が遊んでいるのを横で聞く言葉もオランダ語。すると、同じ家庭に生まれた兄弟であっても、一番上の子と一番下の子では、幼少期に家庭の中で耳にする言語の割合が全く違うということが起こります。
親は同じです。家庭教育方針も同じ。「家では日本語を話している」という認識も同じ。でも実際の言語環境は変わっています。ここは、多子家庭では意外と見落とされやすいところだと思います。

上の子が、現地語を家庭へ持ち込む
第一子が学校へ通い始めると、家庭にはそれまでなかった大量の言葉が入ってきます。オランダ語(英語)です。
「今日、先生がこう言った」 「○○ってどういう意味?」 「学校ではこう言うんだよ」
といった形で入ってくるだけではありません。
遊びのルール 流行している言葉 友達との冗談 歌 ゲーム
学校文化そのものを、上の子が家庭へ持ち帰ります。
そして弟や妹にとっては、親だけでなく、兄や姉も重要な言語モデルです。兄や姉がオランダ語を使えば、弟や妹にとってオランダ語を覚える機会はさらに増えます。
これは悪いことではありません。むしろ、現地社会で生活するためには非常に自然で、必要なことです。問題は、それと同時に、日本語に触れる割合が相対的に減っているということに家庭が気づいているかどうかです。
親が日本語を話しているだけでは、日本語量が足りなくなることがある
例えば、子どもが起きている時間を考えてみましょう。
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学校で6時間
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放課後の友達や習い事で2時間
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兄弟姉妹との遊びで2時間
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YouTubeやゲームで1時間
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親と話す時間が2〜3時間
実際にはもっと複雑でしょうが、親だけが日本語を使い、それ以外の時間の多くがオランダ語や英語になれば、家庭で日本語を使っているつもりでも、子どもが一日に受け取る言語全体では日本語が少数派になっている可能性があります。
さらに、前回の記事でも書いたように、日本語は「自分に話しかけられた日本語」だけから学ぶものではありません。
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周囲で誰かが話している言葉
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兄弟がけんかしている言葉
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家族が冗談を言っている言葉
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誰かが説明している言葉
そういった「横から聞こえてくる日本語」も、日本で暮らしている子どもには大量に入ってきます。ところが兄弟姉妹間まで現地語になると、家庭の中で偶然耳にする日本語まで減っていきます。これは意外に大きな変化です。

子どもは、親の「言語方針」に必ず従うわけではない
ここも重要です。家庭では、「家の中では日本語」と親が決めることがあります。でも、実際に言語を使うのは子ども自身です。
多言語家庭を研究した研究でも、子どもたちは受動的に親の言語方針に従っているだけではなく、自分でどの言語を使うかを選び、家族の言語習慣そのものに影響を与える存在だとされています。
これは、教室で子どもたちを見ていても非常によく分かります。親が日本語で、「今日は学校どうだった?」と聞く。子どもがオランダ語(英語)で答える。親はオランダ語(英語)が分かるので、そのままオランダ語(英語)で返す。それを毎日繰り返していると、いつの間にか親子の会話までオランダ語(英語)になる。
最初から、「今日から家ではオランダ語(英語)にしよう」と家族会議で決めたわけではありません。少しずつ、便利な方の言語へ流れていきます。家庭の言語は、このようにして変化していくことがあります。
「分かるけど話せない」が始まる
継承語としての日本語でよく見られるのが、「日本語は分かるけれど、日本語では答えない」という状態です。
親:「今日学校で何したの?」 子ども:「We gingen vandaag naar…」
親は意味が分かるので、「そうなんだ」と返す。
会話自体は成立しています。だから大きな問題に見えません。ところが、この状態が何年も続くと、子どもは日本語を聞いて理解する経験は続けていても、自分で日本語の文章を組み立てる経験が少なくなっていきます。
すると、「言っていることは分かる」でも、「自分では日本語で説明できない」という差が生まれてきます。さらに日本語で話そうとすると、「あれ」、「それ」、「なんか」などの抽象的な表現が増えていくことがあります。
頭の中に考えはあります。でも、それを日本語にするための言葉がすぐに出てこない。以前書いた「日本語の解像度」が少しずつ低くなっている状態とも言えます。

一番下の子ほど注意して見てほしい
教室で兄弟姉妹のいる家庭を見ていると、私は特に末っ子のお子さまの言語環境を気にすることがあります。
上の子は、日本語だけの家庭環境を比較的長く経験している。一方、下の子は、生まれたときから家庭に現地語を話す兄姉がいる。つまり、同じ家庭でも、日本語に触れてきた条件が違うからです。
もちろん、下のお子さまの方が日本語が弱くなると決まっているわけではありません。家庭の方針や祖父母との交流、日本語の本や日本人の友達、補習校や日本語教室など、さまざまな要因があります。
それでも、「上の子が日本語を話せているから、下の子も大丈夫だろう」と自動的に考えない方がいいと思います。兄弟ごとに言語環境をみることが重要です。
では、兄弟には日本語だけで話させるべき?
ここで、「では兄弟同士も日本語だけにした方がいいのでしょうか?」という疑問が出てきます。
私は、単純に「オランダ語は禁止」とは考えません。子どもにとってオランダ語(英語)は、自分の学校生活や友人関係と結びついた大切な言語です。それを家庭で否定すると、「日本語=親から強制されるもの」になってしまう可能性があります。また、子ども同士の自然なコミュニケーションまで親が常に管理するのは現実的ではありません。
多言語家庭の研究でも、家庭の言語維持には親の方針だけではなく、子ども自身の態度や家族関係、社会の言語環境など複数の要因が影響します。だから私は、「何語を禁止するか」より、「日本語を使う必要がある場面をどう増やすか」と考えた方がよいと思っています。
日本語を「使わなければならない状況」をつくる
親は子どものオランダ語(英語)を理解できる、兄弟もオランダ語(英語)を理解できる、学校もオランダ語(英語)、そうなると子どもの立場から見れば、日本語を使わなくても生活できるのです。
言語は、必要がなければ使われなくなります。だから、日本語を育てたいのであれば、「日本語を勉強しなさい」だけではなく、日本語を使う意味のある場面をつくることが重要だと思います。例えば、
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日本の祖父母と話す
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日本にいるいとこと話す
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日本人の友達と遊ぶ
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日本語の本について兄弟で話す
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日本語の映画を見る
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日本へ一時帰国する
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日本語でゲームをする
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兄弟で日本語のクイズをする
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家族で日本のニュースについて話す
こうした機会です。「日本語を使うこと」そのものを目的にするのではなく、日本語を使って何か面白いことをするという状態をつくる方が自然ではないでしょうか。

兄弟姉妹がいることは、逆に大きな強みにもなる
ここまで読むと、「兄弟がいると日本語維持には不利なのか」と思われるかもしれません。むしろ逆で、兄弟姉妹は家庭の中で日本語を使える最も身近な仲間にもなりえます。
一人っ子の場合、日本語を話す相手が親だけということがあります。兄弟がいれば、一緒に遊んだり、秘密を話したり、けんかしたり、相談し、冗談を言う仲間になり、非常に豊かな言語経験を家庭の中で作ることができます。
重要なのは、その関係が現地語だけで固定される前に、日本語でも兄弟同士の経験を積ませておくことではないでしょうか。
幼い頃から、日本語の絵本を一緒に読む、日本語でごっこ遊びをする、日本の祖父母と兄弟一緒に話す、日本へ行ったときに、日本語で一緒に遊ぶ、などの経験があれば、「日本語=親と話すためだけの言葉」ではなくなり、兄弟姉妹の言葉にもなります。
家庭言語は「自然に残るもの」ではない
海外に住んでいると、「親が日本人なのだから、日本語は自然に残るだろう」と思ってしまうことがあります。でも実際には、社会には非常に強い多数派言語があります。
オランダに住めばオランダ語。 英国なら英語。 フランスならフランス語。
子どもは学校へ行き、友達をつくり、その社会で生活します。当然、多数派言語の力は年齢とともに強くなります。
2024年の多言語家庭に関する研究でも、家庭言語の維持について、親から子への言語伝達だけではなく、学校や社会の言語環境、兄弟姉妹の言語使用などが複雑に関係することが整理されています。
つまり、日本語は、家に日本人の親がいるだけで自動的に維持されるものではありません。少し意識して環境をつくらないと、多数派言語へ少しずつ置き換わっていくことがあります。
日本語を守るというより、「家庭に日本語が存在する場所を残す」
私は、「家庭では絶対に日本語だけ」という厳しいルールがすべての家庭に必要だとは思いません。それぞれの家庭には事情があります。
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両親の言語
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子どもの年齢
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学校
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帰国予定
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本人の性格
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兄弟構成
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日本語を将来どこまで必要とするのか。
すべて違います。
でも、日本語を将来も使える言語として残したいのであれば、一度、家庭の中を観察してみてください。
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兄から弟へは?
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姉から妹へは?
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子どもたちだけになった瞬間、何語になりますか?
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食事中は?
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ゲーム中は?
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けんかするときは?
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感情的になったときは?
そこを見ると、家庭の本当の言語環境が見えてきます。
「私たちは家では日本語です」と思っていたけれど、よく見てみたら日本語が使われているのは親子間だけだった。ということもあるかもしれません。
それ自体が悪いわけではありません。重要なのは、それを家庭が把握したうえで、将来の日本語をどうしたいかを選択することだと思います。

兄弟姉妹の言葉は、家庭の未来の言葉になる
兄弟姉妹は、親より長く一緒に生きていく可能性があります。子どもの頃、兄弟同士でどの言語を使っていたか、大人になったとき、どの言語で話すのか、そしてその先、自分たちの子どもに何語を伝えるのか。
家庭言語は、親から子へ一方向に受け継がれるものではありません。兄弟姉妹の間でも作られていきます。
だから私は、教室におこしになるご家庭に、「お子さまに何語で話しかけていますか?」だけではなく、「お子さまたちは、兄弟姉妹で何語を話していますか?」を伺うようにしています。
そこには、家庭の日本語環境を考えるうえで、とても重要なヒントが隠れているかもしれません。
参考資料
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Pagé & Noels (2024), Family language policy retention across generations: childhood language policies, multilingualism experiences, and future language policies in multilingual emerging Canadian adults
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Slavkov (2017), Family language policy and school language choice: pathways to bilingualism and multilingualism in a Canadian context
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Said & Zhu (2019), Children’s agency in language use and socialisation, International Journal of Bilingualism
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Barron-Hauwaert (2011), Bilingual Siblings: Language Use in Families
