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EALから早く抜けることだけを目標にしてはいけない理由

August 29, 2026

「英語が話せる」と「英語で学べる」の間には、大きな距離があります

海外へ移住し、インターナショナルスクールや英語圏の学校にお子さまを入れると、多くのご家庭が最初に直面するのが「英語」の問題です。学校によって名称や仕組みは異なりますが、英語を母語としない子どもには、EAL(English as an Additional Language)、ESL、ELLなどと呼ばれる英語学習支援が提供されることがあります。

  • 海外へ来たばかりの頃は、先生が何を言っているのか分からない。
  • 友達が話していることについていけない。
  • 授業で発言できない。
  • 宿題にも時間がかかる。

そんな我が子を見ていると、親としては当然、「一日でも早く英語ができるようになってほしい」と思うでしょう。そして、「早くEALから抜けてほしい」ということが、最初の大きな目標になっていきます。

その気持ちはよく分かります。ただ、私はここで一つ注意してほしいと思っています。EALから抜けることを、英語教育のゴールにしないでほしい。ということです。

本当に見るべきなのは、「英語を話せるようになったか」ではなく、「英語を使って年齢相応の学習ができるようになったか」だからです。


子どもの英語は、ある時期から急激に伸びて見える

海外へ来たばかりの頃はほとんど英語を話せなかった子どもでも、毎日英語環境にいれば、少しずつ変化していきます。

  • 友達と遊ぶ。
  • 先生に質問する。
  • 給食について話す。
  • 「昨日何をした?」と聞かれて答える。

数か月、1年、2年と経つうちに、親が驚くほど自然な英語を話すようになることがあります。発音は親よりきれいかもしれません。友達と冗談も言っています。英語のYouTubeを笑いながら見ています。

すると、私たち大人は、「もう英語は大丈夫そうだ」と感じます。でも、ここからが重要です。

例えば、「今日のランチ、何食べた?」という質問に答える英語と、「産業革命によってヨーロッパ社会はどのように変化したのか、三つの観点から説明しなさい」という問いに答える英語は、全く違います。日常生活で使う英語と、学校で学習するために必要な英語は同じではありません。

子どもの英語は、ある時期から急激に伸びて見える|Sakura国語のワークショップ

EALの子どもには、二つの課題が同時にあります

EAL教育を専門とする英国のThe Bell Foundationは、EALの子どもが学校で取り組まなければならないことを非常に分かりやすく説明しています。EALの子どもには、「英語を学ぶ」ことと、「英語を使って学ぶ」ことという二つの課題が同時にあります。これは、とても重要なポイントです。例えば小学5年生で海外へ移住したとします。英語が小学1年生程度だからといって、学校で4年間待ってくれるわけではありません。

本人は小学5年生です。 算数も小学5年生。 理科も小学5年生。 社会も小学5年生。

友達は年齢相応の語彙を使って授業を受けています。その中で本人は、英語そのものを学習しながら、同時に英語を使って小学5年生の内容を理解しなければなりません。National Academiesも、English Learnersについて、英語力の習得と学年相応の教科学習へのアクセスを同時に確保することの重要性を指摘しています。

言い換えれば、「学校のカリキュラムは、子どもの英語が追いつくまで待ってくれない」のです。


「友達と普通に話している」だけでは判断できない

ここが、保護者にとって最も見分けにくいところだと思います。

  • 英語で友達と遊んでいる。
  • 先生とも問題なく話している。
  • 英語のテレビを見ている。
  • 買い物も一人でできる。

これらを見ると、かなり英語ができているように感じます。実際、日常生活に必要な英語力はかなり高くなっているでしょう。しかし学校では、その先が要求されます。例えば、

  • compare ― 比較する
  • analyse ― 分析する
  • evaluate ― 評価する
  • justify ― 根拠を示して正当化する
  • infer ― 情報から推論する
  • summarise ― 要約する
  • evidence ― 根拠・証拠
  • consequence ― 結果・影響
  • perspective ― 視点・立場

といった言葉を理解し、文章を読み、情報を整理し、自分の考えを組み立て、それを文章や発表で表現する必要があります。さらに、理科には理科の言葉があります。社会には社会の言葉があります。数学にも数学特有の文章表現があります。

つまり「英語力」と一言で言っても、友達と話すための英語と、学習するための英語には大きな違いがあるのです。The Bell Foundationも、EAL学習者について、学術的な話し言葉は日常会話の流暢さより遅れて発達することがあると指摘しています。

EALやESLから早く抜けるのがよいわけではない|Sakura国語のワークショップ

学習に必要な英語力の習得には時間がかかる

「子どもは英語を覚えるのが早い」これは、ある意味では正しいと思います。でも、それを、「子どもなら数年で英語の問題はなくなる」と考えてしまうと危険です。

英国のEAL児童を対象とした研究では、「New to English」の状態から、カリキュラムをより十分に理解できる「Competent」レベルまで進んだ子どもについて、その移行には平均4.6年かかっていました。

さらに、Receptionから「New to English」でスタートした児童でも、6年後にCompetentまたはFluentへ移行していなかった児童が約3分の2いました。もちろん、これは英国の学校制度における調査結果です。

子どもの年齢、家庭環境、学校、本人の言語背景などによって大きな個人差がありますし、この数字をそのままインターナショナルスクールのすべての子どもに当てはめることはできません。

ただ、少なくとも、日常会話ができるようになることと、学習に十分な英語力を身につけることには時間差があるということは、知っておいてよいと思います。


「EALで成績がいいから大丈夫」とは限らない

もう一つ、私が保護者の方に注意してほしいのが「成績」です。EAL支援を受けている間に、「うちの子、成績も結構いいんです」という状態になることがあります。もちろん、それはお子さまが頑張っている証拠です。自信を持っていいことです。ただし、その成績だけを見て、「英語でも同学年の子と同じレベルで学習できるようになった」と判断するのは少し早いかもしれません。

EAL支援では、学校や子どものレベルに応じて、

  • 語彙を分かりやすくする
  • 視覚資料を使う
  • 文章を理解しやすくする
  • 先生が補足説明をする
  • 課題の取り組み方を支援する
  • 学習内容と言語の両方を支援する

といったさまざまなscaffolding(足場かけ)が行われます。これは「簡単な勉強をさせている」という意味ではありません。むしろ、EALの子どもが英語力の不足によって本来持っている思考力や教科の能力を発揮できなくならないようにする、大切な教育支援です。The Bell Foundationも、EAL学習者の認知的・学術的能力と英語力は別のものであり、英語の壁によって本来理解できるカリキュラムへ十分アクセスできないことがあると指摘しています。

ですから、EAL支援を受けながら取った成績には、本人の学力+学校からの適切な言語支援の両方が反映されています。これは当然のことです。ただし、支援が徐々に減り、通常の授業で年齢相応の文章を読み、試験を受け、Essayを書かなければならなくなったとき、初めて見えてくる課題もあります。


EALを抜けた後から、本当の学習言語の課題が見えることがある

EALから通常授業へ移行すると、本人に求められる英語の量と質が上がります。

  • 先生が話すスピード
  • 教科書の文章量
  • 専門語彙
  • テスト問題の複雑さ
  • Essay
  • Presentation
  • Group Discussion
  • Research

学年が上がれば、それらはさらに高度になります。そのとき、それまで成績に大きな問題がなかったお子さまが、

  • 「教科書を読むのにものすごく時間がかかる」
  • 「授業は分かっているのにテストで点が取れない」
  • 「Essayになると書けない」
  • 「問題文の意味を取り違える」

といった状況になることがあります。

ここで保護者は驚きます。「今まで成績は良かったのに」「EALも卒業したのに」「英語も普通に話しているのに」

でも、必ずしも急に学力が下がったわけではありません。これまで見えにくかった「学習するための英語力」の差が、課題が高度になることで表面に出てきた可能性があります。

EALを抜けた後から、本当の学習言語の課題が見えることがある|Sakura国語のワークショップ

だから私は「EALを抜けること」を目標にしすぎない方がいいと思う

もちろん、英語力が上がり、EAL支援が必要なくなることは喜ばしいことです。でも、「いつEALを卒業できるのか」だけを追いかけるのではなく、次のようなことを見てほしいと思います。

  • この子は、同学年向けの文章を一人で読んで理解できるか。
  • 授業で出てくる抽象的な語彙を理解しているか。
  • 問題文が長くなっても、何を聞かれているのか理解できるか。
  • 自分の意見だけではなく、その理由や根拠まで説明できるか。
  • 複数の情報を比較し、そこから結論を出せるか。
  • Essayで考えを構造化できるか。

これらができるようになって初めて、「英語を使って学べるようになってきた」と考えることができます。


そして、ここでも母語を疎かにしないでほしい

では、英語が学習言語として十分に育つまでの数年間、どうすればいいのでしょうか。私は、ここで前回の記事と同じことをお伝えしたいと思います。母語を止めないことです。例えば、11歳のお子さまが英語ではまだ十分に複雑なことを説明できないとしても、日本語ならできるかもしれません。

日本語で、

  • 「あなたはどう思う?」と聞く。
  • 「どうしてそう思ったの?」と聞く。
  • 反対意見を読ませる。
  • 本を読む。
  • 要約する。
  • ニュースについて話す。
  • 自分の考えを書く。

これを続ければ、英語力が本人の年齢に追いつくまで、思考まで同じ場所で待たせる必要はありません。英語ではまだ十分表現できない高度なことを、日本語で考え続ければいいのです。National Academiesも、English Learnersに学年相応の内容へアクセスさせることや、第一言語を教科学習の支援に活用することを有望な教育実践の一つとして挙げています。またUNESCOも、子どもが理解できる家庭言語を教育の基盤として活用しながら、他の言語での学習へつなげていく多言語教育を推奨しています。

日本語学習・国語学習を疎かにしない|Sakura国語のワークショップ

「英語に集中させたいから、日本語は少し休もう」は慎重に

海外へ来た直後、「まずは英語を早く伸ばさなければ」という気持ちは、とても自然だと思います。でも、そのために、

  • 日本語の読書をやめる。
  • 日本語の学習をやめる。
  • 日本語で難しいことを話す機会をなくす。

というところまで進めてしまうと、別の問題が起こります。英語が年齢相応の学習言語になるまでには時間がかかります。その間、日本語でも年齢相応の学習をしていなければ、英語でも高度な学習ができない。日本語でも高度な学習をしないという期間が生まれる可能性があります。

私が海外の子どもの母語教育で最も注意したいのは、ここです。英語が伸びることが問題なのではありません。むしろ、どんどん伸ばしてほしいと思います。ただし、英語が育っている途中だからこそ、その間の「考えるための言語」を失わないでほしいと思います。


見るべきなのは「EAL」というラベルではない

EALという言葉自体にも注意が必要です。The Bell Foundationも、「EAL」というラベルだけでは、その子どもの英語力や、学習上どのような支援が必要なのかまでは分からないと指摘しています。同じ「EAL」の子どもでも、海外へ来て3か月の小学2年生と、海外生活5年目の中学2年生では、必要な支援は全く違います。

逆に、EALの支援対象ではなくなったからといって、学習に必要な英語が完全に年齢相応になったことを意味するとは限りません。ですから、保護者が見るべきなのは、「EALか、EALではないか」ではなく、「この子は今、どの言語で、どこまで深く学べるのか」だと思います。


本当のゴールは、「英語を使って考えられること」

海外へ来たばかりの頃、英語で一言も話せなかった子どもが、友達と笑いながら英語で話している。これは本当にうれしい瞬間だと思います。そして、EALの支援が減っていき、通常授業へ移っていく。これも大きな成長です。

でも、その先があります。

  • 英語で本を読む。
  • 英語で物事を比較する。
  • 英語で「なぜ?」を考える。
  • 英語で人の意見を批判的に読む。
  • 英語で根拠を示す。
  • 英語で自分とは違う考えを理解する。
  • 英語で長い文章を書く。

そこまで来て初めて、英語が「外国語」から「考え、学ぶための言語」へ変わっていきます。だから、EALから早く抜けることだけを目標にしないでほしいのです。「英語を話せるか」だけではなく、「英語で学べるか」、そして英語がそこまで育つ途中では、「日本語で年齢相応に考え続けられているか」。

この二つを一緒に見てほしいと思います。バイリンガル教育のゴールは、二つの言語で挨拶ができることでも、発音よく英語を話せることでもありません。私は、少なくとも一つの言語で深く考える力を止めず、やがて複数の言語を使って学び、考えられるようになること。そこを目指すことが大切なのではないかと思っています。


参考資料

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国際バカロレアDPでJapanese Aを選べる日本語は、どう育てる?|在外のお子さまが中学生までにしておきたいこと

2026.10.29

国際バカロレアDPでJapanese Aを選べる日本語は、どう育てる?|在外のお子さまが中学生までにしておきたいこと

IBDP – Japanese Aの準備は、IBの問題集を解くことから始まるわけではない 前回の記事では、IB Diploma Programme(DP)の言語選択について、Japanese A、English A、Language B、School-Supported Self-Taught(SSST)などの違いを取り上げました。 その中で一番お伝えしたかったのは、「日本人だからJapanese Aを選べる」とは限らない、ということです。家庭で日本語を流暢に話していても、Japanese Aでは文学作品やさまざまな文章を読み、分析し、自分の解釈や意見を根拠とともに文章や口頭で表現する力が必要になります。では、将来Japanese Aを選択肢として残したい場合、小学生や中学生のうちから何をしておけばよいのでしょうか。 ここで最初に強調しておきたいのは、中学生からIBの試験対策を始める必要はないということです。Paper 1の書き方を覚える。Paper 2の過去問を解く。文学用語を暗記する。そうしたことを早く始めるのが目的ではありません。むしろ大切なのは、もっと基本的なところです。 年齢相応の日本語の文章を読める。読んだ内容について「なぜそう思うのか」を説明できる。文章の中から自分の考えを支える部分を見つけられる。そして、自分の考えをある程度まとまった文章として書ける。こうした力を中学生までに少しずつ育てておけば、16歳になってDPへ進んだとき、Japanese A特有の学び方にも入りやすくなります。 Japanese Aでは、「読める」の意味が変わる IBのLanguage A: Literatureでは、SL(Standard Level)で7作品、HL(High Level)では10作品を学びます。単に作品を最後まで読むだけではなく、表現、構成、文脈、作者の選択などを分析し、それについて文章や口頭で考えを示します。Language A: Language and Literatureでも、SLでは4作品、HLでは6作品の文学作品に加え、さまざまな非文学テキストを扱います。 さらに現行の評価では、初めて見る文章をその場で分析するPaper 1、二つの作品を比較して論述するPaper 2、Individual Oralがあり、HLではHigher Level Essayも加わります。つまりJapanese Aでいう「読める」は、 「漢字が読める」 「内容が分かる」 だけではありません。例えば小説を読んで、「主人公は最後に考え方を変えた」と理解できるところから、 「なぜ作者は、この場面の前後で主人公の描写を変えたのか」 「その変化は作品全体のテーマとどう関係しているのか」 「それを文章中のどの表現から説明できるのか」 まで考えていく必要があります。 もちろん、小学生や中学生にいきなりIBレベルの文学分析を求める必要はありません。しかし、「何が書いてあった?」で終わらず、「なぜ?」「どこからそう思った?」まで考える習慣は、もっと早い時期から作ることができます。 まず必要なのは、年齢に合った文章を最後まで読む力 在外のお子さまで最初に難しくなりやすいのは、文学分析以前に、年齢相応の日本語の本を一冊読み通すことです。 学校では英語やオランダ語で毎日文章を読んでいる一方、日本語では漫画や短いSNS、家族からのメッセージくらいしか読まないということも珍しくありません。すると、日本語自体は流暢に話せても、数十ページ、100ページと続く文章を日本語で追い続けることに慣れていない、という状態が起こります。 ここで大切なのは、いきなり「中学2年生だから中学2年生向けの名作を読ませる」と考えないことです。 これまでの記事でも書いてきましたが、在外のお子さまの場合、本人の知的な興味と、日本語で無理なく読める文章のレベルが一致していないことがあります。内容としては中学生向けのテーマに興味があるのに、日本語では小学校高学年向け程度の文章の方が読みやすい、ということもあります。 その場合には、まず本人が「読みたい」と思えるテーマを優先しながら、日本語で一冊読み切る経験を増やす方がよいと思います。 2025年に発表された427人の日本語継承語話者を対象とした研究でも、日本語での読書や作文、宿題などを含む読み書きの経験は、日本語の語彙力との関連を示す重要な要素の一つでした。家庭で日本語を話していることだけでなく、日本語を文字として使う経験にも意味があることが示されています。ですからJapanese Aを将来考えるとしても、最初にやるべきことはIB対策ではなく、日本語で読むことを日常から消さないことだと思います。 もし今、日本語の本をほとんど読んでいないなら ここまで読んで、「うちの子は、もう日本語の本をほとんど読んでいない」、「勧めても『日本語は面倒』と言われてしまう」と感じたご家庭もあるかもしれません。 実際、小学校高学年から中学生にかけて日本語の読書が途切れるのは、在外家庭ではとてもよくあることです。学校の課題は英語や現地語で増え、友達との時間も増え、日本語の本はどうしても後回しになります。 その場合、まず目指したいのは「年齢相応の本を読ませる」ことではなく、日本語で読むことへの抵抗を下げることです。 例えば、本人がすでに英語で読んで好きだった作品の日本語版を手に取ってみる。アニメや映画で知っている作品の原作を読んでみる。サッカー、ゲーム、料理、動物など、本人の興味がある分野のノンフィクションや短い読み物から始める。漫画も、日本語の文字に触れる入口としては十分に意味があります。 この段階では、読み終えたあとに内容を確認する質問をしすぎない方がよいと思います。「読んだら試される」と感じると、日本語の本はさらに遠ざかります。最初は「面白かった?」くらいで十分です。 もう一つ大切なのは、中学生になってから再開しても遅すぎるわけではないということです。会話の日本語が残っている子どもは、読む量が戻ってくると語彙や読む速さも比較的早く戻ってくることがあります。ただし、それには一定の期間が必要です。DP直前ではなく、気づいた今から少しずつ始めることに意味があります。 家庭だけでは読む時間を確保しにくい場合には、日本語で本を読むこと自体を習慣にできる場を外に持つのも一つの方法です。私たちの「読書で育てる国語力」のクラスでも、教室の中で実際に本を読む時間を取り、そこから語彙力、読解力、読む速さを少しずつ育てています。 「あらすじ」から「なぜそう思うのか」へ進む 本を読んだ後に、「何が書いてあった?」と聞くと、内容を説明できる子はたくさんいます。 これは大切な力です。 しかし、中学生くらいから少しずつ、その先へ進めてみてもよいと思います。例えば、 「この中で一番印象に残った場面は?」 「どうしてそこが印象に残った?」 「主人公は、なぜその行動をしたと思う?」 「別の登場人物から見たら、この出来事はどう見える?」 「その考えは、文章のどこから分かる?」 といった問いです。 ここで重要なのは、正解を当てさせることではありません。自分の考えを出し、その理由を言葉にすることです。さらに、その理由を本文の中から探すようになると、「私はこう思う」だけだったものが、「私はこう考える。なぜなら、この場面で登場人物がこう言っているから」へ変わっていきます。 これはJapanese Aだけに必要な力ではありません。学校でのエッセイ、ディベート、プレゼンテーション、大学でのレポートなど、さまざまな学習へつながる力です。 「感想を書く」から、「考えを組み立てる」へ 日本語の作文というと、「夏休みの思い出」「遠足の感想」「本を読んでどう思ったか」といったものをイメージすることがあります。もちろん、こうした作文にも意味があります。 しかし中学生くらいからは、少しずつ自分の意見を構造化する文章にも触れていった方がよいと思います。例えば、「学校では宿題を減らすべきだと思いますか」という問いについて、「私は減らした方がいいと思います。大変だからです。」で終わるのではなく、 「私は宿題を減らすべきだと考える。理由は、量が多すぎると自分で学習方法を選ぶ時間がなくなるからだ。例えば……」 と、意見、理由、具体例をつなげていく。 反対に、「宿題には学習習慣を維持するメリットもある」 という別の立場についても考える。 こうなると作文は、単に日本語を書く練習ではなく、考えを整理する練習になります。 在外の日本語継承児童の作文発達を小学校4年生から中学3年生まで追った事例研究でも、日本語の語彙や漢字表現には難しさが残る一方、接続表現や文章構造、論理的なまとまりは発達していく様子が報告されています。 この研究は一人の子どもを追跡した事例なので一般化はできませんが、非常に興味深い点があります。それは、漢字や語彙が完璧でなくても、文章を構造化して考えを伝える力は育てられるという点です。 Japanese Aを意識する場合も、漢字の正答率だけを追うのではなく、「この子は日本語で一つの考えを最後まで組み立てられるか」を見ていくことが重要だと思います。 漢字を全部書けることより、文章を読んで考えられること 在外のお子さまの日本語教育では、どうしても漢字が目立ちます。 学年配当漢字を何字覚えたか。 漢字テストで何点取ったか。 日本の同学年と比べてどこまで進んでいるか。 もちろん漢字は、日本語を読むうえで重要です。ある程度の漢字が読めなければ、年齢相応の文章にアクセスすること自体が難しくなります。ただ、Japanese Aを考えるときに、「小学校6年生までの漢字を全部書けるから大丈夫」とも言えません。 逆に、漢字の手書きに多少苦労していても、文章を読み、意味を理解し、その内容について深く考えられるお子さまもいます。 私は、在外のお子さまについては特に、「漢字を書く力」と「日本語で学ぶ力」を分けて見ることが大切だと思っています。スマートフォンやコンピューターで文章を書くことが増えた現在、漢字を手書きできることだけが日本語の読み書きの力ではありません。もちろん書字を完全に捨てる必要はありませんが、限られた学習時間の中で、 漢字ドリルを30分増やすのか。 それとも、日本語の本を30分読むのか。 文章について親子で話すのか。 短い意見文を書くのか。 という選択になった場合、Japanese Aにつながる力という観点では後者にも大きな意味があります。 小説だけ読んでいればよいわけでもない Japanese Aと聞くと、「文学をたくさん読ませなければ」と考えるかもしれません。確かにLanguage A: Literatureでは文学作品が中心です。しかしLanguage A: Language and Literatureでは、文学作品だけでなく、さまざまな非文学テキストも扱います。現在のコースでも、文章の目的、読者、文脈などを意識しながら、テキストがどのように意味を作っているかを批判的に読むことが重視されています。 ですから、中学生の段階では小説だけでなく、 ニュース記事 エッセイ 人物のインタビュー 科学や社会についての説明文 広告 新聞のコラム といった文章にも日本語で触れるとよいと思います。 例えば、同じニュースについて二つの記事を読んで、 どちらの記事の方が肯定的に書いている? 「タイトルの付け方はどう違う?」 「誰に読んでもらうことを想定していると思う?」 と話してみる。 これだけでも、文章を「情報の入れ物」として読むところから、書き手の意図や表現まで考えて読む方向へ少しずつ進むことができます。 「二つを比べる」経験も増やしてほしい Japanese AのPaper 2では、二つの作品をもとに比較論述を行います。もちろん、中学生にPaper 2の練習をさせる必要はありません。ただ、「一つについて考える」だけでなく、二つを比べる経験は早めに作ることができます。 例えば、同じ戦争を扱った二つの作品 同じスポーツ選手について書かれた二つの記事 同じニュースを報じる二つの新聞 同じテーマについての賛成・反対の意見 こうしたものを読み、 「共通しているところは?」 「違うところは?」 「なぜ違うと思う?」 「どちらの方が説得力がある?」 と考えてみる。この「比較する」という作業は、思っている以上に高度です。一つ目の文章を理解し、二つ目も理解したうえで、両者の共通点と相違点を抽象化しなければならないからです。この力はIBだけではなく、大学で資料を比較したり、社会の中で複数の意見を判断したりするときにも必要になります。 口頭で「きちんと説明する」経験も必要になる 在外のお子さまで見落とされやすいのが、日本語でフォーマルに話す経験です。家庭では日本語を流暢に話していても、会話の相手は家族です。「あれさ、今日学校でさ……」と言えば、親は背景を知っていますし、「○○君のこと?」と補ってくれます。 でも、Japanese AのIndividual Oralのような場では、相手が補ってくれることを前提にはできません。自分で話の順序を作り、必要な背景を説明し、分析した内容を筋道立てて伝える必要があります。Language Aのコース自体も、書くだけでなく口頭で分析や考えを表現する力を重視しています。 ですので中学生くらいから、時々、 「その本について、読んでいない人にも分かるように3分で説明してみて」 「あなたの意見と、その理由を説明して」 というような機会を作ることにも意味があります。 日本語でプレゼンテーションをする。 家族に本を紹介する。 日本の祖父母に学校で学んだことを説明する。 テーマを一つ決めて短いスピーチをする。 大げさな授業にする必要はありません。家庭会話以外の日本語を使う場所を作ることが重要なのだと思います。 中学生のうちに、どこまでできればよいのでしょうか ここまで読むと、「では中学3年生までに、どのレベルまで行けばJapanese Aを取れるのですか?」と思うかもしれません。 残念ながら、これには明確な点数や学年基準はありません。IBにも、「中学生でこの漢字が読めればJapanese Aに進める」「800字書ければ履修できる」といった基準はありません。また、学校によって履修判断も異なります。 ですから、私はJapanese Aの準備を一つのテストで判断するのではなく、いくつかの力の組み合わせとして見るのがよいと思っています。 例えば14~15歳くらいになったとき、年齢に大きく外れない日本語の本を一冊読み通すことができ、その内容について自分の考えを説明できる。文章の中から、その考えを支える部分を探せる。社会的なテーマについて、自分の意見、理由、具体例をある程度まとまった文章にできる。そして一つのテーマについて、数分間、日本語で順序立てて説明できる。 これらがすべて完璧である必要はありません。むしろ、 読む力はかなりあるけれど、書く経験が少ない 会話は強いけれど、文章になると語彙が足りない 作文はできるけれど、日本語の本をほとんど読んでいない というように、その子なりの得意・不得意の形が見えてくるはずです。 語彙や読解の現在地を客観的に知りたい場合には、私たちの教室で行っている読書指数診断のような測定も、一つの材料になります。Japanese Aへの適性を判定するものではありませんが、家庭での印象だけでは見えにくい部分を確認できます。そこが分かれば、残りの1~2年で何を補えばよいのかを考えられます。 Japanese Aを目指さない家庭にも、同じ力には意味がある ここで一つ誤解してほしくないことがあります。この記事は、「在外日本人ならJapanese Aを取るべき」という話ではありません。 English Aを選ぶ家庭もありますし、日本語は家庭言語として残し、学校教育は英語を中心に進めるという選択もあります。それは十分に合理的です。またJapanese Aを選ばないから、日本語教育に失敗したということでもありません。 ただ、ここまで取り上げてきた、 日本語で年齢相応の文章を読む 内容について考える 自分の意見と理由を説明する 文章を書く 複数の情報を比較する という力は、Japanese Aを履修しなくても無駄にはなりません。 将来日本の大学へ進む 日本語で仕事をする 日本のニュースや本を読む 日本に住む 家族や社会と日本語で複雑な話をする そうした場面で使える力だからです Japanese Aは、その力をどこまで育てるかを考える際の、一つの具体的な将来像として捉えるくらいがよいと思います。 親がJapanese Aの先生になる必要はない では、家庭では毎日本を読ませ、作文を添削し、文学について質問し続けなければならないのでしょうか。私はそうは思いません。親が先生になりすぎると、日本語そのものが「勉強の言葉」になってしまうことがあります。 親にできる最も大きなことは、日本語を使う材料と機会を用意することだと思います。本人が興味を持ちそうな本を家に置く。日本語で読めるニュースを送る。一緒に映画を見て感想を話す。「それはなぜ?」と、ときどき聞いてみる。日本の家族と少し深いテーマについて話す機会を作る。 時間の目安としては、毎日長時間取り組む必要はありません。例えば週に数回、1回20~30分ほど日本語で読む時間があるだけでも、まったく読まない状態とは大きく違います。大切なのは量よりも、日本語で読むことが途切れないことです。 また、国際結婚などで日本語を話す親が一人だけの家庭や、仕事で時間を取りにくい家庭もあると思います。その場合は、すべてを家庭の中で完結させようとしなくて大丈夫です。日本の祖父母とのオンライン通話、補習校や日本語の教室の友達など、家庭の外に日本語を使う相手や場所を持つことも、立派な環境づくりです。 そして、本格的に文章の読み方や書き方、考えの組み立て方が必要になった段階では、学校の先生や専門の指導者に任せる。家庭は日本語を育てる環境を作り、教育者は技術を教える。そのくらいの役割分担でよいと思います。 私たちの教室でも、この記事で書いてきた「読む」と「考えて表現する」を、二つのクラスに分けて育てています。小学生から高校生を対象とした「読書で育てる国語力」では、教室で実際に本を読み、語彙力、読解力、読む速さを伸ばしながら、論理的に考えるための土台となるインプットを育てます。そのうえで中学生も対象としたロジカルシンキング教室では、読書で得た語彙力や読解力をもとに、意見と理由を組み立てて書く、異なる立場を比べる、人に分かるように説明するといったアウトプットを練習します。小学生のお子さまには、考える・話す・書く力を少人数で育てる「日本語での表現クラス」もあります。 SSSTを考えている家庭ほど、早めに自立した読書力を 前回の記事で触れた通り、学校にJapanese Aがない場合、Language A: Literature SLであればSchool-Supported Self-Taught(SSST)という選択肢があります。ただし、SSSTはSLのみであり、学生には学校と外部の指導者による支援が必要です。IBのガイドでも、SSSTの学生は通常のSLと同じ基本的なシラバス要件を満たすことが求められています。これは「先生がいないから簡単なJapanese A」という意味ではありません。 むしろ日本語の授業が学校内に通常の形で存在しない分、自分で作品を読み、課題を進める力がより重要になる場合があります。そのため将来SSSTの可能性があるご家庭ほど、中学生のうちから、「日本語の本は、誰かに読めと言われなければ読まない」という状態から、自分で日本語の本を読み、自分で内容について考えられる状態へ少しずつ移していく意味があります。 「Japanese A対策」ではなく、日本語を年齢と一緒に育てる ここまでJapanese Aについて書いてきましたが、結局のところ、特別なことを言っているわけではありません。 小学生のときには、小学生なりの本を読む。中学生になったら、中学生なりのテーマについて読む。少しずつ、感想だけでなく理由を説明する。自分と違う意見も読む。文章を書く。人に分かるように説明する。つまり、本人が成長するのと一緒に、日本語でできることも成長させていく。それだけです。 在外のお子さまの場合、学校で使う英語や現地語は、学校生活とともに自然に年齢相応へ引き上げられていきます。Grade 6になればGrade 6の文章を読み、Grade 8になればGrade 8のエッセイを書きます。 しかし日本語は、家庭で会話しているだけでは、同じ仕組みが自動的にはありません。だからこそ日本語については意識的に、「今、この子は13歳だけれど、日本語でも13歳らしいことを読んだり考えたりしているだろうか」と、ときどき確認してみる。私は、それが一番大切なのだと思っています。 そのうえで、DP開始の1~2年前になったら、学校のDP CoordinatorやLanguage A担当者に相談し、現在の日本語でJapanese Aが現実的なのか、SLとHLのどちらが適切なのか、学校にJapanese Aがあるのか、SSSTになるのか、何を補強する必要があるのかを確認する。15~16歳になって初めて「日本人だからJapanese Aにする?」と考えるより、その方がずっと本人に合った選択ができます。 Japanese Aを選べるかどうかは、その結果の一つにすぎません。選ばなかったとしても、それまで育ててきた日本語が無駄になることはありません。日本語で本を読み、考え、書き、人に説明できる力そのものが、その子に残ります。 これまでこの連載で何度も書いてきた、「日本語を維持する」のではなく、「本人の年齢と一緒に日本語も成長させる」。IBのJapanese Aという進路を考えると、その意味がさらに具体的に見えてくるのではないでしょうか。 参考資料 International Baccalaureate, Language A: literature International Baccalaureate, Language A: language and literature International Baccalaureate, Examiner Instructions 2026 — Language A International Baccalaureate, Language A: literature guide Kubota, M. & Rothman, J. (2025), Modeling individual differences in vocabulary development: A large-scale study on Japanese heritage speakers, Child Development, 96(1), 325–340. 外山千咲・柴山真琴・高橋登・池上摩希子(2019)「継承日本語学習児における二言語作文力の発達過程」『日本語教育』172, 102–117.

IBでは二言語必要?|在外日本人家庭がDP進学前に知っておきたい言語選択

2026.10.13

IBでは二言語必要?|在外日本人家庭がDP進学前に知っておきたい言語選択

「日本人だからJapanese A」「インター校だからEnglish A」とは限らない 前回の記事では、IB Diploma Programme(DP)では教科の難しさだけでなく、自分で課題を管理し、調査し、文章を書き、複数の締め切りを同時に管理する力が求められるため、高校から突然DPへ進む場合には、学習方法そのものへの準備が必要だと書きました。 そして、在外日本人家庭がDPを考える際には、もう一つ早い段階から考えておいた方がよいことがあります。それが言語の選択です。 「インター校に通っているからEnglish Aでいいのでは?」「日本人なのだからJapanese Aを取ればいい」「IBでは第二外国語が必須らしい」といった話を聞くことがありますが、DPの言語選択はそれほど単純ではありません。 特に海外で育つ日本人のお子さまの場合、家庭では日本語を流暢に話し、学校では英語で学んでいるというケースが少なくありません。そのため、一見すると「日本語も英語もできるから問題ない」と思えます。しかしDPで問われるのは、日常会話ができるかだけではなく、その言語で複雑な文章を読み、分析し、根拠を示しながら自分の考えを論理的に表現できるかという力です。 ここでも、これまでこの連載で繰り返し考えてきた「話せる言語」と「学べる言語」は必ずしも同じではない、という問題が出てきます。 DPでは、本当に二言語必要なのでしょうか 結論から言うと、DPでは少なくとも二つの言語を学びます。IBでは、Studies in Language and Literatureから少なくとも一つの言語科目を履修し、さらに別の言語を学ぶことが求められています。一般的には、もう一つをLanguage Acquisitionから選びますが、異なる二言語でStudies in Language and Literatureを二科目履修することで、第二言語の要件を満たすこともできます。 例えば、English AとFrench Bという組み合わせもあれば、English AとJapanese Aという組み合わせも可能です。 ここで一つ区別しておきたいのが、「DPで二言語を学ぶこと」と「Bilingual Diplomaを取得すること」は別の話だという点です。 Bilingual Diplomaは、異なる二つのLanguage AでそれぞれGrade 3以上を取得する場合、またはLanguage Aとは異なる言語でIndividuals and SocietiesやScienceの対象科目を履修し、所定の条件を満たした場合などに授与されます。単に二言語を履修しているだけで、自動的にBilingual Diplomaになるわけではありません。 Bilingual Diplomaを取ること自体を目標にする必要もありません。大切なのは、その科目構成が本人の言語力と将来の進路に合っているかどうかです。 Language Aは「国籍の言語」を選ぶ科目ではない 在外日本人家庭にとって、最も誤解が起きやすいのがLanguage Aだと思います。 Language Aという名前を見ると、「母語」や「国籍の言語」のように感じるかもしれません。しかしIBは、Studies in Language and Literatureを、Academicに十分な能力を持つ言語で履修する科目として位置づけています。 Language A: Literatureでは文学作品を読み、表現、構成、視点、文脈などを分析し、自分の解釈を文章や口頭で論理的に示します。Language A: Language and Literatureでは、文学だけでなくさまざまな種類のテキストを扱い、言葉がどのように意味を生み、社会や文化と関係しているのかも考えます。 Japanese Aには現在、Language and LiteratureとLiteratureの両方があり、SL・HLの双方が設定されています。またJapanese BもSL・HL、Japanese ab initioはSLとして用意されています。 したがって、「日本人だからJapanese A」という決め方は必ずしも適切ではありません。 家庭で日本語を話していることは大きな土台ですが、Japanese Aで必要になるのは、それに加えて日本語で高度な読み書きと分析ができることです。 同じことはEnglish Aにも言えます。インターナショナルスクールに何年も通い、友達と自然に英語で話し、普段の授業を英語で受けられることと、初めて読む文学作品や複雑な文章を分析し、根拠を示しながら論を構築することは同じではありません。 EALを卒業していることとも別です。 つまり、Japanese AとEnglish Aのどちらを選ぶかを考えるときに見るべきなのは、「どちらを流暢に話すか」だけではなく、どちらの言語なら高度な文章を読み、分析し、書けるのかという点です。 Japanese Aでは、実際に何をするのでしょうか ここは、具体的に見た方が分かりやすいと思います。 現行のLanguage Aの評価では、Paper 1、Paper 2、Individual Oralがあり、HLではHigher Level Essayも課されます。 Paper 1では、事前に学習していない文章が提示され、その場で文章を読み、作者の表現や構成がどのように意味を作っているのかを分析して論述します。SLでは二つの文章から一つを選んで分析し、HLでは二つの文章について分析します。つまり、「文章の意味が分かった」だけではなく、なぜそのように書かれているのか、それが読者にどのような効果を生んでいるのかまで考える必要があります。 Paper 2では、授業で学んだ二つの文学作品を使い、提示された問いに対して比較論述を行います。二作品のあらすじを説明するのではなく、内容や形式、作者の選択などを比較しながら、一つの論として文章を組み立てることが求められます。 さらにIndividual Oralでは、作品やテキストについて分析した内容を口頭で論理的に提示します。HLではこれに加えてHigher Level Essayがあります。 こうして具体的に見ると、「日本語で家族と問題なく会話できる16歳」と、「Japanese Aで学べる16歳」の間に、どのような違いがあるのかが見えてきます。 例えば、祖父母や友達とは日本語で自然に話せる一方、日本語の小説をほとんど読んでおらず、評論や説明文にも触れていない。また、日本語である程度まとまった文章を書き、自分の考えを根拠とともに論述した経験もほとんどない、というお子さまの場合、会話力が高くてもJapanese Aには別の準備が必要でしょう。 これは、この連載の以前に取り上げた「『日本語を話せる』と『日本語を読める・書ける』は別の力」という問題が、DPでは非常に具体的な形で現れる例だと思います。 Language Bは「簡単なLanguage A」ではない もう一つ誤解されやすいのがLanguage Bです。 Language Bは、Language Aを少し簡単にした科目ではありません。すでにある程度学習経験のある言語をさらに伸ばすためのLanguage Acquisition科目で、SLとHLがあります。HLではSLより高い言語運用能力が求められ、文学作品も扱います。 一方、Language ab initioは、その言語を全く、またはほとんど学んだ経験のない学生を対象にした科目で、SLのみです。IBも、すでに日常的な話題について聞いたり読んだりして理解・応答できる学生をab initioへ配置することは、適切なAcademic Challengeにならないとしています。 したがって、「Japanese Aは難しそうだからJapanese ab initioにすればいい」という選び方が自由にできるわけではありません。 どのレベルが適切なのかは、国籍ではなく、それまでの学習歴や実際の言語能力を踏まえて学校側が判断します。在外日本人のお子さまで日本語が家庭言語になっている場合、Japanese Bやab initioを当然に選択できるとは限らないという点には注意が必要です。 学校にJapanese Aがない場合――SSSTには重要な制限がある 在外日本人家庭で実際に起こりやすいのが、「本人には日本語力があるけれど、通っている学校ではJapanese Aを開講していない」という問題です。 その場合、学校によってはSchool-Supported Self-Taught(SSST)という仕組みを利用できることがあります。 ただし、ここには非常に重要な制限があります。 SSSTで履修できるのはLanguage A: LiteratureのSLのみです。 HLでは利用できず、Language A: Language and LiteratureにもSSSTは適用されません。IBのLanguage A: Literatureガイドでも、SSSTの対象はSLのみと明記されています。また、学校側にはSSSTの学生を支援する体制を用意することが求められます。 つまり、学校にJapanese Aの授業がなく、将来Japanese A HLを取りたいと考えている場合、「SSSTで対応すればいい」というわけではありません。 また、外部の日本語教師を家庭で探し、その先生から授業を受ければ自動的にIBのJapanese Aとして認められる、という仕組みでもありません。SSSTはあくまでIB World Schoolが制度として支援する科目です。 そのため、Japanese Aを将来の選択肢として考えているのであれば、DPが始まる直前ではなく、中学生のうちから学校のDP Coordinatorに、Japanese Aを開講しているか、SL・HLのどちらがあるのか、SSSTに対応しているか、必要な外部支援や追加費用があるか、といった点を確認しておくことをおすすめします。 日本の大学へ進学する場合、Japanese Aが実際の出願条件になることもある IBの言語科目は、Diplomaを取るためだけに選ぶものではありません。その先の大学入試にも関係する場合があります。 在外日本人家庭にとって特に知っておきたいのが、日本の大学へ進む可能性を残す場合です。 例えば、国際基督教大学(ICU)の2027年度総合型選抜「IBDP利用」では、IB Diplomaの取得・取得見込みに加えて、「日本語A」を履修済み、または履修中であることが条件になっています。さらに第二次選考では、日本語・英語を用いた面接やプレゼンテーションが行われます。 一方、東京学芸大学の2027年度国際バカロレア選抜では、出願資格を「日本語を母語とする者」、または日本語A(SL)、日本語A(HL)、日本語B(HL)のいずれかを履修している者としています。つまり、同じ日本の大学のIB選抜でも、日本語に関する条件の立て方は一様ではありません。 ここで重要なのは、「日本の大学へ行くならJapanese Aが必須」ということではありません。大学、学部、入試方式によって条件は異なりますし、入試制度は年度によって変更されることもあります。 しかし、Japanese Aを履修できる日本語力を残していることが、日本の大学の一部の入試方式を選択肢として残す場合があることは知っておいてよいと思います。 Japanese Aを取らなくても、日本語で考えて書く力が必要になる場合がある さらに、日本の大学への進学を考える場合、日本語の読み書きが問われるのはIB選抜だけではありません。 帰国生選抜でも、大学や学部によっては日本語による小論文や面接が課されます。例えば東京学芸大学の2027年度帰国生選抜では、多くのコースで小論文や面接が選抜に含まれており、志願者全員に日本語による個人面接を課すことも募集要項に明記されています。 したがって、将来Japanese Aを履修するかどうかとは別に、日本の大学も選択肢として残したいのであれば、日本語で文章を読み、自分の考えをまとめ、理由や根拠とともに説明する力を維持する意味があります。 ここで考えたいのは、「Japanese Aを取るために日本語を続ける」という狭い話ではありません。 IB選抜、帰国生選抜、日本への帰国、海外大学。 どの進路を最終的に選ぶか分からない中学生の段階では、Academicな日本語を残しておくことそのものが、将来の選択肢を閉じないことにつながる可能性があります。 DPが始まってから日本語を戻そうとすると、かなりの負荷になる 例えば、小学5年生で海外へ移住し、その後も家庭では日本語を話しているものの、日本語で本を読んだり文章を書いたりすることがほとんどなくなったとします。 中学生になっても日本語での会話は流暢なので、ご家族からすると、日本語力が大きく落ちているようには見えないかもしれません。 そして15歳になり、DPの科目を選ぶ段階になって初めて、「Japanese Aを取った方がいいのでは」と考える。 ところが、そこで必要になるのは日常会話の日本語ではありません。初めて見る文章を分析し、文学作品を比較し、自分の考えを根拠とともに論述する日本語です。 もし数年間、日本語でまとまった文章をほとんど読んでおらず、文章を書く経験も少なければ、16歳の段階でその力を一気に作るのは大きな負荷になります。 これは以前の記事書いた、「日本語は来年から」で、本当に間に合う?という問題そのものです。 日本語の読み書きを続ける意味は、日本へ帰国したときに困らないためだけではありません。海外で高校まで進みIBを選択した場合にも、日本語が学ぶための言語として残っていることで、DPの科目選択や、その先の大学進学の選択肢が広がる可能性があります。 「日本語を維持する」から、「Japanese Aも選べる日本語」へ もしご家庭として、「高校まで海外で教育を受ける可能性がある」「DPへ進むかもしれない」「そのときJapanese Aも選択肢として残したい」と考えているのであれば、中学生の段階から日本語教育の目標を少し変えてもよいと思います。 単に「日本語を忘れない」のではなく、「16歳になったとき、日本語で年齢相応の文章を読み、考え、それを文章として表現できる状態を残す」ことを目標にするのです。 そのためには、漢字ドリルだけでは十分ではありません。年齢相応の物語やノンフィクションを読み、少しずつ評論や社会的なテーマにも触れる。読んだ内容について話し、自分の意見とその理由を書く。複数の文章を読んで、それぞれの考え方や表現の違いを比較する。 これまでの記事で取り上げてきた、読書、語彙、読解、作文、論理的に説明する力が、ここで全部つながってきます。 もちろん、Japanese Aのためだけに日本語を学ぶ必要はありません。日本語で深く読み、考え、表現できること自体に価値があります。 ただ、その力を中学生まで継続した結果として、DP進学時にもJapanese Aという選択肢が残り、その先の大学進学にも複数の可能性が残るのであれば、それは大きな意味を持つと思います。 家庭でも、一度「話せる」以外の日本語を確認してみる では、中学生のお子さまの日本語がどの程度育っているのか、家庭ではどのように確認すればよいのでしょうか。 Japanese Aを履修できるかどうかを家庭だけで判定することはできませんし、最終的には学校のDP Coordinatorや担当教員と相談する必要があります。ただ、最初の確認として、日常会話以外の日本語を見てみることはできます。 例えば、中学生向けの小説やノンフィクションを一冊、自力で読み通せるでしょうか。読み終えた後、「何について書かれていたか」だけではなく、「なぜこの人物はそう行動したと思うか」「筆者の意見に賛成か。その理由は何か」といった問いに、自分の言葉で答えられるでしょうか。 さらに最初の目安として、自分の意見を、理由や具体例とともに600~800字程度の文章にまとめられるかを見てみてもよいと思います。 もちろん、600~800字書ければJapanese Aで問題ない、という意味ではありません。反対に、今書けないからJapanese Aを諦めるべきだという話でもありません。 重要なのは、現在地を早めに知ることです。 語彙や読解についてもう少し客観的に確認したい場合には、読書指数診断などを一つの参考材料として利用する方法もあります。ただし、これもJapanese Aへの適性を判断する試験ではありません。会話、読解、語彙、作文など複数の面を見ながら、「これからどこを伸ばせばよいのか」を考えるための材料として使うのがよいと思います。 中学1年生で気づけば、数年かけて準備できます。 DPが始まる直前に初めて気づくのとは、大きな違いがあります。 「母語はどちら?」より、「それぞれの言語で何ができる?」 海外で長く生活していると、「この子の母語は日本語なのか、英語なのか」と迷うことがあります。 しかしDPの言語選択を考えるときには、その問いだけにこだわる必要はないと思っています。 どちらを先に覚えたか、家庭でどちらを話しているか、国籍がどこかという情報ももちろん大切です。しかしDPでより重要になるのは、それぞれの言語で何ができるのかです。 日本語なら、難しい文章を読み、自分の考えを論理的に表現できるのか。英語なら、文学作品や複雑な文章を分析し、根拠を示しながら論述できるのか。 日本語でそれができればJapanese Aという選択肢があり、英語でできればEnglish Aという選択肢があります。両方でできるのであれば二つのLanguage Aを検討することもできますし、日本語は家庭言語として残しながら、英語を中心的な学習言語として育てるという選択もあります。 すべての子どもが二つのLanguage Aを履修する必要はありませんし、「バイリンガル」という肩書きを目指す必要もありません。 大切なのは、二言語を持っているかではなく、その二言語で何ができるのか。そして、将来どの言語で何を学びたいのかを考えながら、必要な言語を育てていくことだと思います。 DPの言語選択は、DPが始まってから考えない 在外日本人家庭に私がおすすめしたいのは、DP開始直前になって初めて言語選択を考えるのではなく、可能であれば中学生の段階で一度、将来の選択肢を確認しておくことです。 今の学校ではDPでどのLanguage Aを開講しているのか。Japanese Aはあるのか。SLとHLのどちらがあるのか。なければSSSTに対応しているのか。English Aを選ぶ場合、現在の英語力からどのような準備が必要なのか。日本の大学も選択肢として考えるのであれば、候補となる大学のIB選抜や帰国生選抜では何が求められるのか。 そして何より、本人の日本語と英語は、それぞれ「話せる」だけではなく、どの程度読める・書ける・考えられるのか。 これを早めに確認しておけば、日本語の読書を増やす、作文を始める、英語の学術的な文章力を強化する、第三言語をLanguage Bへつなげる、といった準備を数年かけて進めることができます。 この連載は、もともと海外で育つ子どもの日本語をどう考えるか、というところから始まりました。 家庭で日本語を話しているから大丈夫なのか。日本語の読書はなぜ必要なのか。読み書きをどこまで続ければいいのか。「日本語は来年から」でも間に合うのか。 IBまで進むと、それらは単なる「日本語を忘れないための話」ではなかったことが分かります。 小学生、中学生の間に日本語で本を読み、語彙を増やし、文章を書き、自分の考えを説明する経験を続けてきたことが、高校生になったときに「Japanese Aも選べる」という具体的な教育上の選択肢につながることがあります。 さらに、その日本語力が、将来日本の大学へ進むときの小論文や面接にもつながる可能性があります。 「日本語を続けるかどうか」は、小学生の漢字テストだけの問題ではありません。将来その子がどの言語で学び、どの大学へ進み、どの世界とつながることができるのか。 そのための、長い教育設計の一部なのだと思います。 参考資料 International Baccalaureate, Learning a language in the Diploma Programme International Baccalaureate, Studies in language and literature International Baccalaureate, Language A: Literature Guide International Baccalaureate, Examiner Instructions 2026 — Language A International Baccalaureate, Language B International Baccalaureate, Language ab initio International Baccalaureate, DP Passing Criteria International Baccalaureate, All Diploma Programme Subjects 国際基督教大学(ICU)「2027年度 総合型選抜〈IBDP利用〉」 東京学芸大学「2027年度 国際バカロレア選抜 学生募集要項」 東京学芸大学「2027年度 帰国生選抜 学生募集要項」